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2006年6月

浜岡タービン

東海地震の想定震源域の真ん中に建っている、中部電力浜岡原子力発電所の発電用タービンが破損した件ですが、

知り合いと話をしていて、修理になるか、新造するか、で少し意見が分かれました。

タービンは非常に高価ですし、新たに作るとなると時間も掛かりますので、現在のタービンの修繕で済むのであれば修繕で済ませたい、と、思うのではないか、と私は思ったのですが、

(原子力では無いですが)発電所勤務経験のある方が、新規でタービンを造るのではないか、とのこと。

その時私は、お粗末にもBWRのタービン建屋が放射線管理区域であることを失念していました。

放射線管理区域から、一般の工場に、あれほど巨大な物体を搬出することは考え難いため、やはり、新造して交換、となるのでしょうか。

双方で、(もちろん契約にもよるけれど)「おそらく」費用は製造メーカーの負担が大きいのではないか、ということで一致しました。

果たして、この予想はどこまで当たるのでしょうか。

5号炉は安かったから、など、色々憶測も飛んでいますが、少なくとも数ヶ月は停止したままでしょう。

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スキャンダル

日銀総裁がなにやらスキャンダルだそうです。

一般論ですが、「スキャンダル」は犯罪と異なり、厳密な調査が不要ですので、マスコミも楽、だとは思います。

勿論、スキャンダルの渦中の方は、何かとお忙しいでしょうから、別に適任者がいれば変わった方が良い、とは思います。が、犯罪とは異なり、他の適任者を探すのが困難な場合、続投しても良い、と思います。

「大した額ではない」というのが物議を醸しているようですが、日銀総裁には庶民感覚よりも大事な才能がある、と、思いますので、額の大小は大した問題では無い、と、思います。

犯罪には刑罰が適切なように、スキャンダルにも何か対価が必要なのかも知れません。インドネシアの地震や、アフリカの貧困等に寄付など「慈善」によって償うなど、が思いつきます。慈善ではなく偽善かもしれませんが、役に立つし、「スキャンダル」の対価にはそれこそ相応しいかもしれません。

たとえば「下ネタスキャンダル」であれば、以上のように、「私は」続投を支持できるのですが、「金融スキャンダル」だと、本業だから難しいかも知れません。政治家であれば単なるスキャンダルだと思います。

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六ヶ所村で作業員が被曝

六ヶ所村でまた作業員の方が被曝したようです。

報道によりますと、年齢が19歳となっていて、少しショックを感じています。

飛び級で大学教育を終えている可能性も無くは無い、とはいえ、その様な場合、下請け作業員となる可能性は(偏見かもしれませんが)小さく、知識が不足した状態で作業を行なっていた、可能性が高い、と思います。

未成年ということもあり、本来、周囲の大人が、そのような作業を行なわないように指導するか、作業を行なう場合、若年故の無謀や技量不足に注意する必要がある、はずです。

したがって、今回の事故は、周囲の大人に分別が足りない為に起きた事故である、と、私は判定します。分別の足りない大人たちによって再処理工場が運営されている。というのは、実に悲劇的な感じがします。

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浜岡原発タービン破損

日立製作所が米国の電力会社から原子力発電所を受注

のニュースの裏側で、同じく日立製作所製の原子力発電所の発電用タービンが破損した、というプレス発表が中部電力からありました。

6/15に自動停止して、6/23に原因を発表したのは、BWRだから停止直後には放射能のためにタービンの点検も出来ない、という理由もあるでしょう。

しかし、4号炉の調整運転開始が6/23の場合には、なぜ6/22に発表できなかったか、あるいは調整運転の開始を遅らせる事をしなかったのか、という政治的問題に発展する可能性があります。

その様な事態にはならない、と、中部電力は踏んでいるのだと思いますが、これは静岡県や御前崎市が舐められているのではないでしょうか。

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米国の原子力発電所

米国の原子力発電所の新規発注はスリーマイル島の事故の影響で止まった

と、云われていますが、実際には、スリーマイル島の事故以前に原子力離れが起きていた様です。理由は価格。

安全性を高める方針になったために、高価な原子力よりも安価な石炭を選択した、と、云う方が、米国らしいといえば、米国らしいのかもしれません。

昨日の日経新聞一面で米国の新規原発を日立がGEと共同で受注した、と、報道されていますが、5/24の記事では、「米大統領「原発を促進」・日仏ロに資金協力求める」となっていて、高価な原子力ボイラーを敬遠する国内事情をうかがわせます。

昨日の記事は日経一面のトップでしたが、まだ内諾の段階ですから、一面トップにふさわしい大きな話題であったかどうか、疑問です。

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六ヶ所村村長選挙

核燃施設が集中する六ヶ所村の村長選挙に、反核燃の梅北陽子さんが出馬するそうです。

東奥日報に記事が出ています。 http://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2006/0620/nto0620_12.asp

核燃施設が集中しているということは、関係者も多い(技術者は意外と遠くから通っているとの噂もありますが)と、云うことで、勝ち負けで云えば現職の勝ちでしょうから、無投票を拒否する為の立候補だとは思います。それでも、現在の六ヶ所村で反核燃候補が何票取れるのか見てみたい気はします。

世間的にも、核燃関係者にも、予想と比べて多いか少ないか、は関心事だと思います。

「日本の核燃政策はブレーキの無いダンプカーの様なものだから、一つくらいはブレーキを付けてよ。反対票が意外と多ければその分、操業が慎重になるのは自明だから。(万が一、反核燃の村長が出来ても、いきなりあなたの仕事が減ったりするはずも無し。)」

と、云ってみたい、と、思います。

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北朝鮮

北朝鮮がミサイル発射の準備をしているらしい

これには断固として反対

たとえ名目だけでなく、本当に平和目的だとしても、打ち上げの(地理的に)東側の国と連絡が密に取れない状態で打ち上げなど行なうのは無謀でしょう。

ましてや、目的が不明確であれば尚の事、軍事目的であれば更なり。

ミサイル作る金があったら国民に配った方が良いでしょうに。と、これは北朝鮮だけでは無いから、北朝鮮に対して剛に応じるのも反対。

日本人らしく「柔よく剛を制する」事は出来ないでしょうか。

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依存症

原発が無ければ電力が足りない

と、いう主張があります。その主張の正否はともあれ、

「その状態はうれしいのですか?」

と、いう問いに大きな意味がある、と、思います。砕いて云えば、原発が無くても済む方がうれしいのか、原発がたくさんあった方がうれしいのか、という問いになります。

現状分析として、原子力発電所がたくさんある、というのは誰が分析しても同じですから、その先に個別の個人に問われる問いがあるべきだ、と思います。

たくさんあった方がうれしいのであれば、「よかったね」で済みますが、「うれしくない」場合、「依存症」と呼ばれるべきでしょう。

さて、現在の日本の状態は40年間にわたる熱心な国の政策の結果です。たくさんの人が頑張った結果に対する私の評価は、大変申し訳ありませんが、「原発依存症」という事になります。たばこやその他の依存症と同じく、解消された方が幸せである、と、思います。

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パブリックコメント

原子力安全委員会の「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針(案)」に対する意見募集 がそろそろ締め切りなので色々考えています。

思えば、昔は一般市民の云うことなど聞き耳を持たない、というのが基本姿勢だったようですから、良い時代にはなっている、とは思います。江戸時代であれば目安箱はあったにしても、御政道批判など出来るモノではありません。

と、いうわけで、「パブリックコメント」には意見があればどんどん出すべきだと思います。

たとえ専門知識が無くとも、感想でも、関心があるのであれば、関心がある、と云うことを示して、圧力を掛けることが21世紀の日本人の権利であり、義務でもある、ような気がします。

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横須賀原子力空母容認

横須賀市が原子力空母容認を表明しました。

「よろこんで受け入れる訳では無い」とは云いますが、降参が早いのでは無いでしょうか。

少なくとも浚渫工事の後期ギリギリまで粘り(その時にも原子力空母を前提とはしない、などと留保を付け)、総理大臣が出張ってきて、ようやく譲歩する、という程度の粘りは見せて欲しかった、と、思います。

社会現象は統計力学の様だ、と、時に思います。反対の圧力と安全の確保の動機は比例する様な気がします。

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再生可能

やがて技術が進歩したら、魔法としか思えないことが実現できる、カモしれません。

化石燃料は炭化水素が酸化して二酸化炭素と水になる際に解放されるエネルギーを利用します。バイオマスは二酸化炭素と水を植物等が吸収して炭化水素になる反応を利用しています。もう少し技術が進むと、化石燃料を再生する事が出来るようになる、カモしれません。

そうすると、人間の文明が非常に長く続くことに楽観的になることも出来ると思います。

原子力発電所ではウランが分裂する際に解放されるエネルギーを利用します。やがて、技術が進むと、核分裂生成物を融合させてウランに変換・・・させるのは、難しいでしょう。化石燃料の再生は、反応自体は現にあるものですので、可能性があることは明白ですが、核分裂生成物からウランを再生する反応は現存する訳ではありません。

元に戻すことに意味があるのか、という問いは尤もである、と、思いますが、再生の可能性が低い程、消尽には気を付ける必要がある、と、思いますし、ウランに頼った文明では永続は出来ない、とも思います。

元々化石燃料よりもウラン235の方が「稀少」です。

ビッグバンの様な現象があるのであれば、ウランの再生も起きるでしょう。ですから、極端な事を云えば、原子力発電に賛成であっても、ウランの消費は次のビッグバンまで引き延ばす事が望ましい、と思われます。そうすると、年間消費量は非常に少なくなります。

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ボーズ凝縮

韓国との間のEEZの交渉の報道を見ていて、ふと「ボーズ凝縮」を連想していました。

物理学を学んだのはもう遙か昔の話でむつかしい話は大方忘れてしまいましたが、時々フイに脳裏に物理のネタが浮かびます。これから書くのは「遊び」です。

普通は排他的な「領土」ですが、素粒子では同一位置を複数粒子が占める事があるのですから、A国領であり、かつB国領である。というように、決めてしまえば決めてしまえるのではないか。と、ふと思ってしまいました。

そんな事はあり得ない、という人もいるでしょうが、ボーズ凝縮だって、前振り無しで聞いたら「あり得ない」という人の方が多いでしょうから、あんまり気にしても仕方ありません。

人間の国籍であればA国民であり、かつB国民である、という人が実際にいますし、その様な人はふつうは邪魔な国境を易々と乗り越え(ちょうど超流動、というところでボーズ凝縮の連想となります)ます。でしたら領土も同じように、A国領土であり、かつB国領土である。という状態を取り得るでしょう。

一度でももめた国境というのは、みんなが納得する解決は難しいだろうと思います。「あの島」を日本領としても、韓国領にしてもいずれも満点の回答とは思えません。ので、「いっその事」、「竹島」を日本領として、「独島」を韓国領にしてしまえば良いのでは、というお話。

その場合、EEZはどうなるか、というと、いわゆる「共有地」という事になるでしょうか。「排他的経済水域」という概念そのものを否定する案ですけどね。

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横須賀の報道

横須賀の原子力空母母港化に関する報道には勇み足が多い様な気がします。

横須賀市が容認するまえに、容認報道が出たり

横須賀市の立場からすればまだまだ先の母港化にあまりに早い容認は得では無いのは云うまでも無いですし、最後の最後に、国家レベルの事だから、と、自治体の意向が無視されたとしても、別に横須賀市の不利になるはずも無し。今横須賀市が自発的に容認姿勢を示す理由は無いようにも思います。

安全は文化であり、安全確保に対するプレッシャーは強めすぎて強めすぎる事は無い、と、思います。もしも、横須賀市に原子力空母が配備されるにしても、市が容認した場合と、容認しなかった場合とで、どちらが安全かと考えるに、容認しなかった方が、安全が確保されるようにも思います。

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電卓

文明が進歩すると消費電力が増える

と、云う人がいます。これは

技術が進歩すると消費電力が減る

と、云う、これも良く聞く命題と矛盾するような雰囲気も持っています。

電力が減った代表例は電子卓上計算機、略して「電卓」でしょうか。初期の電卓は云うまでもなく、我が家に初めてやってきた電卓も一応電池で駆動は可能でしたがACアダプタが必須でした。

ところが、いつの間にか消費電力は減り、太陽電池で駆動できるようになり、「卓上」どころか、ポケットにも入るようにもなりました。

いつか、パソコンも電卓同様、邪魔な電力線が不要になる、と、信じてはいるのですが、バックライト式の液晶を使用している限り、太陽電池による駆動は無理なので、かなりの新機軸が要求されそうではあります。

文明が進むと電力消費が増えるのは、技術の進歩が人間の欲に負けている証拠のような気もします。技術による改善の度合いを超えた消費の増大がいつまでも続くのは、あまりよろしくないようにも思います。

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中国電力上関原発

中国電力上関原発を巡る情勢が風雲急を告げているようです。

元・祝島漁協ホームページ
http://www5d.biglobe.ne.jp/~jf-iwai/

地震危険地帯の埋め立て地に原子力発電所を建設することを良しとする人の考えることは、(知ってはいるけれど)理解不能です。

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核アレルギー

日本人には核アレルギーがある

という、主張は一般に批判的論調を持っています。思うに、核戦争を回避し、核廃絶への道を進む事を望むのであれば、「核」というアレルゲンに抗体反応を示さない事こそ問題です。

現実の日本人は世界でも有数の核エネルギー好きで、どのくらい核エネルギーが好きかといえば、「東海地震の震源域の真ん中に発電用大型原子炉を設置」して平然としているくらい、と、いった感じでしょうか。合理的判断の結果とは到底思えません。(原子力委員会の立地指針にも反していると思います。)

今の日本よりも核エネルギーが好きなのはイランやフランスなど極少数の国だけでは無いでしょうか。

詰まるところ、「核アレルギー」というネガティブな宣伝の為に日本の「核嫌い」は60年間に渡って薄められ続けたように思います。平和な未来にとって必要なのは「核エネルギー」よりも「核アレルギー」であるような気もします。

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「選挙」と「国全体」

国全体の事を考えていては参院選戦えない

2006/06/08付け日経新聞2面の下の方に「歳出削減巡り応酬」という記事があります。

自民党の青木参議院議員会長が歳出削減は毎年では参院選に不安を感じる、と、したのに対して、小泉首相が「国全体のことも考えてもらわないと」と、反論した、との事。

自民党の主流としては「国全体の事を考えていては参院選を戦えない」と言うことでしょうか。

原子力発電所の放射性廃棄物の処理に関して「国民が原子力発電を選んだ」のだから「国民全体で負担すべきである」と、いう主張があります。これは民主主義国家日本では代議士の選択は国民の選択に替えられる、という意味であると思います。

小泉首相の反論は、既存の自民党主導の政治的判断が国全体を考えての事では無い、という事を浮き彫りにしている

と、思います。

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どうも株式市場はわからない

村上某が逮捕された、との報道は一面トップなのですが、

どうも何が悪くて逮捕されたのかが今一つハッキリわかりやすい報道が無いような気がします。

もしかして、日本放送の株をもしも市場で売却せずにライブドアと共同で経営に乗り出す、という姿勢を示していたらインサイダー取引に該当しないのではないかなぁ。などと思います。

「インサイダー取引」というのは「内部者が外部に知られない情報を元に不正に取引を行なう」と聞いていますので、なんで日本放送の「外部」の村上某が「インサイダー取引」になるのか、それすらわかりやすい解説が無いように思います。

「出る杭は打たれる」というイメージばかりが氾濫している気がします。

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原子力空母は核兵器か

空母は核兵器ではない

と、いう主張があります。

空母が「核兵器」であるか否かは勿論「核兵器」の定義次第です。

「核兵器」の定義を「核エネルギーを利用した兵器」とするならば原子力空母も原子力潜水艦も「核兵器」でしょう。「核エネルギーを直接殺人に利用する兵器」とするならば、放射能団子(放射性物質を利用した一種の毒ガス)や核爆弾が「核兵器」であり、原子力空母は核兵器では無くなるでしょう。

金属ウラン弾(一般呼称は劣化ウラン弾)を「核兵器」に分類するためには「核エネルギーが殺人に関わる兵器」となるでしょうし、「核兵器」から除外するためには「核エネルギーで殺人を意図した兵器」となるでしょうか。

結局のところ、「核兵器」の範囲をどこまで広げるか、というのは人がそれをどう呼ぶか、というだけの事で、みんなが「核兵器」だと思えば「核兵器」だし、「核兵器」だと思わなければ「核兵器」では無いようです。

個人的には、細かい分類は面倒ですので、「核エネルギーが関連する兵器」で構わないと思います。爆弾等には個別の名称がありますので、「核兵器」には広い範囲の総称がふさわしいかもしれません。

ともあれ、「核兵器ではない」という主張には「だから日本に配備しても良い」という裏主張が隠れています。私は原子力空母が「核兵器」で無くても横須賀母港化には反対です。

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中国電力上関原発

中国電力が計画中の上関原発は現在「詳細調査」が中断されていますが、再開の動きがあるようです。

上関現地では反対住民が泊まり込みで監視中です。

上関原発の敷地は、一部埋め立て地という、大変冒険心に富んだ計画ですし、地震予知連の観測強化地域に含まれていますので、反対しないわけにはいきません。

申し訳ありませんが、安心できる人の気持ちが理解できません。

現在の詳細調査の停止は山口県の指導だそうですので、停止を続行するよう、県にお願いするのが良いかもしれません。

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一点豪華主義

一点豪華主義というのは宣伝がしやすいのではないだろうか

と、昨日、FAXに対する妙なこだわりを書きながら考えていました。

原子力空母であれば「航続距離」であり、普通紙FAXであれば「保存性」。いろいろな種類の特性を別々の尺度で総合的に判断した上での評価など面倒なこと、この上ありません。

原子力発電所の場合、その時その時で「一押し」の項目は変わってきましたが、その時々で「一押し」の項目に対する宣伝の力は実に見事だと思います。

過去においては原子力発電所を採用すると「安くなる」の大合唱のようでしたが、最近ではとんと聞きません。「核燃サイクル」はかつて燃料費を下落させ電力料金を引き下げる夢の技術でしたが、現在では高価であることを覚悟の上で採用する選択肢に変わりました。

「石油の枯渇」などもかつては「一押し」として散々語られましたし、もっと宣伝してもらった方が環境のためになるかとも、思いますが、現在は「温暖化防止」の一点張りの観すらあります。

これに対して反対の方はどうも矛先があっちこっちに分断してしまっているような気もします。私の原発に反対する理由も六箇条ですし。もっと「一点豪華主義」な宣伝をした方が良いのかも知れません。

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FAXは感熱紙が良い

昨日の記事のタイトルの「利点」に括弧が付いているのは本当の利点とは認めていない、ということです。断るまでも無い、とは思いますが、一応、注釈をしておきます。

今日は日記風です。

FAX機を買いました。

今まで使っていた機械もまだ使用できるのですが、(例によって)20年以上酷使されていますので、だんだん音もうるさくなって来ていたし、電話の自動切り替え機能が無い(!)ので、別体の簡易切り替え器(今回購入したFAX機より高価!)を使用しなければならない、という、なんとも面倒なことにもなっていたので、買換えを考えていたのですが、なかなか良いモノが見つかりませんでした。

そうこうするうちに、店頭に並んでいるのが普通紙FAXばかりになってしましました。

感熱紙から普通紙FAXに買換えた知り合いのうち一定割合で「感熱紙の方が面倒くさくなかった」という感想を聞くのですが、売り場では普通紙の方が圧倒的人気だそうです。ものぐさな私としては30mロール紙普通紙FAXなどというモノがあれば普通紙も考えますが、カット紙をセットしておかなくてはいけない、というのはいかにも面倒です。

感熱紙よりもランニングコストが高いのもいただけません。まず、リボンが高価ですし、消費電力も感熱紙より普通紙の方が大きいのです。(お店によってはリボンの価格を無視して普通紙がやすい、とセールストークをしていましたが、これは詐欺行為だと思います。)

「保存性が良い」という一点の為に他のすべての項目で勝っている感熱紙が駆逐されているのはどうにも解せません。

と、いうわけで普通紙になるのが不可避ならプリンタと共用できるのにしようか、などと考えてもいたのですが、たまたま立ち寄った電気屋でPanasonicの感熱紙FAX(KX-PW201CL)を現品特価で格安に入手しました。

一応カタログで見て最有力候補だったのですが、なにしろ売っている店が無かったので今日まで買えずにいたのでした。

待機電力が0.5W、最大消費電力が60Wですから、他社のカタログも見ましたが、おそらく史上最も電力消費の少ないFAX機です。既存設備はFAX機と別に切り替え器と留守番電話の2つが電力を消費していましたので、その分も節約できます。

15mの専用ロール紙なのでランニングコストはそれなりに高いのですがね。

FAX選定基準が消費電力、というのも、なんだか行き過ぎた感もありますが、久々に物欲が満足しております。

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原子力空母の「利点」

原子力空母は通常動力空母と比較して性能が良い。

という主張を聞きますが、米国の空母製造者が原子力空母に総力を集中しているのですから、当然とも言えるかもしれません。

ただし、比較の対象となるニミッツ級のニミッツ就役が1975年、キティ・ホークが1961年就役です。1960年代の14年分の技術革新はかなり大きいのでは無いか、と想像します。

もしも現在、同一予算で原子力空母と通常動力空母を制作した場合、どちらが良いか。と、外馬と思って予想してみると、低予算であれば、通常動力空母、高予算であれば原子力空母に軍配が上がりそうな気がします。

「性能が良い」という主張も、詰まるところ燃料補給の必要が無い、という点に尽きるようです。

原子力空母の燃料は米国でしか補給できませんから、いきおい、定期的に行なわれる改修工事毎の燃料交換で済むよう、大量のウランを積み込むことになります。(原子力潜水艦の場合、船体の寿命まで燃料交換はしないそうです。空母の場合も不測の運用変更に備えて相当量の「余分な核燃料」を積んでいると想像されます。)

本来であれば、欠点となる「本国以外で燃料を追加できない」という要素を「利点」に転換する設計者の発想力には脱帽しますが、このことが事故時の公衆被曝の危険を増大させる要素となります。

横須賀に原子力空母は似合わない、と、思います。

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