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核武装に関する議論

中川昭一政調会長が核武装に関して議論を、と、云っただけで囂々と非難されているようですが、

「なぜ日本の核武装が疑われるのか」という議論はしないといけない、と、思います。「なぜ非核三原則は法律にならないのか」といった議論も必要であると思います。日本国政府は戦後一貫して、核武装しても憲法に反しない、と、しているのですから。

伊方原発でのプルトニウム利用を県知事が容認したというニュースが北朝鮮関連ニュースの陰に隠れて小さく流れています。

日本には大量のプルトニウムが存在するだけでなく、世界で最も239の同位体比率の高い「核兵器向きの」プルトニウムも存在します。それだけならば、まだしも、今後もプルトニウムの生産を盛大に行なう事を国策として強力に推し進めようとしています。

「国策」というのは、民間では経済的に成り立たない事を国が推し進めるという意味で、それだけで軍事的背景を疑われても仕方ないような気もします。

核武装しない、と、口では云いつつ、裏では高純度プルトニウム239を製造している、のでは、説得力がありません。国内であれば、勿論、「唯一の被爆国」という標語は有効であると思いますが、一歩国外に出れば、それは「では、仕返しがしたいのではないか」という疑念になる怖れすらあります。

日本の非核を国際社会に押し出す為には、「もんじゅの廃止」が必要であると思います。プルトニウムの抽出と利用の停止が肝要です。ウランの濃縮も自粛しなければ、とても「非核」とは云えない、と、思います。

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