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実験の必要性

実験する場所がない

というのを日本で核兵器を開発できない理由として、週刊プレイボーイやニューズウィークで挙げているのを読みました。多分、一定数の支持を受ける意見なのだと思います。

では、実際に爆発させる実験をしなければ核兵器の製造が出来ないのか、といえば、勿論、最初の一発は実験に先駆けて製造されるわけですから、そんな筈はありません。

技術者の発想としては、実験もしていないものを実際に使用する訳にはいきませんから、核実験は核武装の前提となりそうです。けれども、現実には、核実験は政治的な示威行為の面が大きいように思います。

事実としては、よく知られているように、広島に投下された砲身型のウラニウム爆弾は実験無しで実地に使用されました。

おそらく濃縮ウランの絶対量が足りなかったのだと思いますが、背に腹は代えられない場合、実験無しの核武装、という可能性はあると思います。

砲身型のウラニウム爆弾は実験無しで使用されたというと、爆縮型のプルトニウム爆弾はそういう訳にはいかない

などという意見もでてくるかもしれませんが、材料や方式が違って難易度が低くても、実験無しで実際に使用するというのは、プロジェクトの進め方として、非常に異常な話だと思いますし、臨界前核実験を入念に行なえば、広島型の爆弾よりも、確度の高いプルトニウム爆弾の製造も不可能ではない、と、思えます。

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