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2007年5月

原子力基本法

日本では、原子力基本法により、原子力の利用は平和利用に限られる。

と、解説があったりしますが、条文を読む限り、核兵器を開発しても罰せられることはなさそうです。

原子力基本法では「平和の目的に限り」と書かれていますが、米国の核兵器の目的は?ロシアの核兵器の目的は?と、考えると、現存する核保有国で平和目的以外で核兵器を保有している国など無いでしょう。

もしも日本が核武装するとしたら、名目は「我が国の平和を守るため」に他なりません。原子力基本法は目的しか規制していませんので、法には反しない、と思います。

例えば、国連憲章では、目的だけでなく、手段も平和的であることを求めています。目的しか書いていない法律では網が粗すぎるのです。

法の精神に従えば、核兵器開発は日本においては違法行為である、という判定もあるのかもしれませんが、そうだとしても、罰則規定がありません。政府の承認を得ないで核物質を扱えば罰せられますが、政府の承認さえ得られれば、罰せられない、というのでは、核兵器開発を防止するのに十分な法律とは認められません。

現時点で、国内法では日本国の核兵器開発を抑止する形式をもっていません。世論、条約あたりが抑止力になっている、と、思います。その世論がどうも最近では核兵器開発容認に傾いているようで、危機感がつのっています。

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大人の言葉

おじさんになって分かるようになったことのひとつに「大人の言葉」というのがあります。都合の悪い言葉はオブラートに包んで、なんとか穏便に済まそうとします。

私の商売はソフトウェアなのですが、打ち合わせなんかで

「いや、それは困難です」

と、いう場合、理論的に可能性は残るかもしれないけれど、現実的ではない、という意味が含まれまていて、やんわり断っているのです。

99年に原子力発電所の定期検査中に誤って原子炉を臨界にしてしまった北陸電力の発表にも同様なものが見られます。

「即発臨界は制御が困難であり」

一見「困難であるけれど、制御は可能」という雰囲気をかもし出しています。人為的制御で即発臨界を維持できるのであれば制御可能と云えると思いますが、中性子の寿命を考えると、無理があるでしょう。

原子炉が内蔵する放射能の量を考えると、「大人の言葉」で危険を誤魔化すのはやめて欲しいと思います。

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