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可能性と実用性(続々島耕作ともんじゅ)

「リサイクルね!それなら燃料費もかからない」

と、島耕作で宣伝をしているようですが、原料の一部が不用品だからと言って無料のはずはありません。

「再生紙だから無料」

というのと同じくらいナンセンスです。

問題なのは原子力発電所から出てきた照射済み燃料を化学処理して再度燃料にするためにどれくらいの労力が掛かるか、という点です。余りに労力が掛かるなら、実用というわけにはいきません。

「いままで不可能であったが、リサイクル可能となりました」

と、時折新聞報道にあります。理論的可能性は当然あったのに「不可能」と呼ばれます。この場合、「可能」というのは「実用」という意味に他なりません。

原子力にも同じ基準を適用すれば、再処理は(特にもんじゅの炉心燃料の再処理は)「不可能」というべきです。

同「島耕作」の先週号では、核燃料サイクルを「運子」にたとえています。

良いたとえだと思います。

「もんじゅ」は「運子」を出すだけです。わざわざ「運子」を食べようという人はいません。今のところ、プルトニウム239の純度が低い高速増殖炉の炉心燃料を再処理する計画はありません。

計画があるのは、F.P.による汚染も少ない、(Pu239の比率が高い)兵器級プルトニウムの採れるブランケット燃料の再処理だけです。

もしも、近い将来、世界中が高速増殖炉を使うことになったら、間違いなく核拡散を招きます。「悪夢の原子炉」というほかはありません。

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