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2007年7月

大きな報道の影

自民惨敗の参院選のニュースが大見出しなのは当然ですが

「大きな事件があった裏には、不祥事等のプレス発表がある」

という定説があります。直ぐに発表できる状態のまま、大事件が起きるのを待っている。のか否かはもちろん分かりません。

「3号機の揺れ2058ガル 想定の2.5倍」と、毎日新聞が伝えています。Yahooニュースでは大見出しですが、明日の新聞ではどうなるでしょう。

既に止まっている原子炉に関する発表ですから、参院選の余波が終わる前、報道関係者が疲れきっているタイミングでの発表は不適切である、と、思います。

丁度、昨日資料がまとまったので、即日発表を行った。ということであっても、改めて追加広報をしない限り、大きな報道の影に隠れてこそこそと発表を行った、というレッテルを、大変心苦しいのですが、貼らせていただくことにさせていただきます。

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クレーンの駆動部の継ぎ手

中越沖地震の影響で、被害のあった東京電力柏崎刈羽原発で、クレーンの駆動部分の継ぎ手が破損していたという報道をみましたが、少々気になる点が

目視点検が終わった報告の後にクレーンの破損報告が出た、ということは、「目視点検」というのは、「目視で可能な点検」では無くて、「目視で可能な点検のうちの簡便な点検」だったのだな。というのが第1点

駆動部の継ぎ手とは、地震よりも日常運転で破損しそうな場所が壊れたのが気になる第2点。接合部や軸受けや、溶接部とか、全体がひっくり返ったというのであればともかく、目視検査で分からないような、地震ではあまり応力が掛からないように見える場所が壊れている模様。ひょっとして地震の前からヒビとかがあったか。

地震で壊れたとしたらどんな力の掛かり方をしたのでしょうか。

想定以上の地震動だったので、B級の設備が壊れても想定内。という報道があったのですが、それを言ったら、東京電力発表資料から見ると、As級であっても壊れて不思議では無い地震動でした。

最初に「C級」の被害を発表した際には「C級だからしょうがない」という雰囲気の報道が目立ったように思います。今回が「B級」ですが、続きがありそうな予感はします。次は「A級」でしょうか。

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デシジョンポイント

東京電力柏崎刈羽原発の歴史を紐解くと、

電源開発基本計画決定が1974年
国による1号炉の設置許可が1977年
1号炉着工が1978年
2号炉、5号炉設置許可が1983年5月
2号炉、5号炉着工が1983年10月
1号炉の臨界が1984年12月
3号炉設置許可が1987年4月
4号炉設置許可が1987年4月
3号炉着工が1987年7月
4号炉着工が1988年2月
5号炉臨界が1989年7月
2号炉臨界が1989年11月
6、7号炉設置許可が1991年5月
6号炉着工が1991年9月
7号炉着工が1992年2月
3号炉臨界が1992年10月
4号炉臨界が1993年11月
6号炉臨界が1995年12月
7号炉臨界が1996年11月

丁度バブル期に矢継ぎ早に建てられたことが見て取れますが、「平成19年中越沖地震」が、もしも、1974年に起きていれば、計画は頓挫していたことと思われます。

さて、現在の報道を見ると、柏崎刈羽原子力発電所がこのまま廃止になる可能性を毛ほども感じさせません。

上の時系列のいつ頃が転換期だったのでしょうか。

余りに沢山投資してしまったために引き返せなくなっている。というのが現実のようですが、どんな投資でも、「これ以上負債を増やさないために」損きりをする必要はいつでも検討が必要です。つぎ込んだ資金を惜しんで株で大損する話などは、よく聞きます。

これから建設をすることが許されないのであれば、今からでも廃止にすることも、「原子力発電所に内蔵される放射能の量から予想される最大規模の災害を考えれば」不自然な話では無いと、思います。

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重要な原子炉圧力容器の点検は数週間以上先

「重要な原子炉圧力容器の点検は数週間以上先」

という報道記事をみました。理由は人手が足りない、ということです。

が、さっさと空けたほうが良ければ、全国から人を集めてでも空けるでしょうから、

「まだ空けない方が良い」

という判断をしたと思われます。

システムが完全に健全であれば、燃料棒の鞘の中に納まっているはずの、ヨウ素133を排気塔から放出したことは分かっています。当然その放出元はボイラー(原子炉圧力容器と呼ばれています)の中、ということになります。

ヨウ素133等の核分裂生成物の放射能がが十分減衰してから空けたほうが作業者の被曝が少ない

というのは、報道はされないけれど、理由のひとつである。と、思います。

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中越沖地震の震源

活断層を調べる際には、地形を見て直線に見えるところをあたりをつけて、現地調査をし、必要があれば地面を掘り起こしたり、穴を掘ったりします。

断層が見つかった後に、年代を算定して、活断層に分類するか否か、が決まります。ですから、活断層に分類されなかった断層が日本に沢山あります。

油田の調査報告とか、地質の学術誌には載っているそうですが、柏崎刈羽原発のそばに椎谷断層というのがあります。この断層を延長すると丁度今回の中越沖地震の余震分布からみた震源断層に一致しそうだ。

昨日たんぽぽ舎で聞いた地質学者の生越忠氏の主張を私が纏めると、そうなります。

Img_0071

左の図は当日の資料から。デジカメ無修正で見難くて申し訳ない。出典は「技術と人間」第6巻第11号 1977年11月。(ひ孫引きだから本当は原典にあたりたいけれど、古い資料だし、時間も無いので、失礼します。)確かに、余震分布との一致具合からすれば、新聞報道にある沖合いの海底断層よりは説得力があるように思います。

椎谷断層は活断層の権威である、「新編日本の活断層」には載っていません。柏崎刈羽原発を横切る真殿坂断層も載っていません。

このあたりの地質調査を一番やったのは石油の調査でしょうが、活断層という観点で断層を調査したのは東京電力でしょうから、東京電力が活断層だと判定すれば、活断層となり、活断層と評価しなければ、活断層でなくなるのは、至極当然のような気がします。

そのような事態が、原発の安全性に対する信頼性を大きく損ねている。と、思います。

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広報されない事情

中越沖地震で損害を出した柏崎刈羽原発が報道陣に公開されたようです。

事故の発生から報道公開までにタイムラグがあるのが気になります。

もしも不都合な事項があれば、報道公開されなかったのではないか、あるいは、公開するまでに隠すものを隠したのではないか。と、うがった見方をすることも出来ます。

ヨウ素133が放出されたというのも、なかなか発表されませんでした。大した影響は無い、と、東京電力は言いますが、大した影響があったとしても、公表が遅れたのでは無いか、と、予想されます。

迅速に広報されて、適切な避難をすれば避けられる被曝も、現在の原子力業界の体制では住民被曝につながりそうです。

今日は、東京のたんぽぽ舎で学習会があったのです、ヨウ素133が放出された件では、燃料棒損傷があったのではないか、と原子力問題に詳しい槌田敦氏が指摘しています。

もう少しボイラーを冷ましてから、原子炉の蓋を開けてみるまではなかなか安心できるものでは無いようです。

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原発の消火体制

原発の消火体制不十分

と、いう記事を読みました。

中越沖地震を受けた東京電力柏崎刈羽原発の火災を契機とした調査結果に関する報道です。

柏崎刈羽原発の火災の消火を東京電力が行うことが当然であるかのような報道も見受けられます。

一般的に自主的な消火活動の効果が期待できるのは、簡単な小火に限られます。本格的な火災の場合、装備があり、訓練をしたとしても、日常的に消火活動を行っているわけではない集団に、迅速効果的な消火活動ができるものではありません。

ましてや、震度6強という大きな揺れに襲われた直後であれば、なおさらです。

柏崎刈羽原発の火事に対する東京電力の対処に関して最大の問題は、消防署への連絡が遅れた事だと思います。原子力発電所では不具合を隠す性向があるようですが、火事の際には速やかに消防署に連絡することが肝心です。

原発の消火体制を強化するのであれば、消防車を配備するよりも、周辺消防署で当番を決め、消防署員を派遣することが効果的であると思います。その分、周辺消防署員を増員する必要もあります。

けれども、優秀な消防署員であっても、原子炉本体が損傷を受けた場合、有効な消火活動はできないと思われます。

1964年に原子力委員会が決定した「原子炉立地審査指針」には立地条件の第一として

(1)大きな事故の誘因となるような事象が過去においてなかったことはもちろんであるが、将来においてもあるとは考えられないこと。また、災害を拡大するような事象も少ないこと。

を挙げています。地震は大きな事故の誘因にもなりますし、災害を拡大する原因にもなります。

地震列島日本に原発立地に適した土地はありません。

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規制当局

東京電力柏崎刈羽原発は柏崎市長の権限で運転禁止になったと報道を読みました。

過去、同様の例を知りません。宮城県で想定地震を越えた際も、国の規制当局は停止権限が無いと言っていたのを思い出します。

毎日新聞の記事ですが

経済産業省原子力安全・保安院原子力発電安全審査課は「余震分布から断層が原発直下に延びている可能性は否定できない。直下に断層があってはいけないわけではなく、具体的な影響が問題になる。この地震の揺れや揺れを起こした断層を評価し、運転再開を判断したい」と説明している。

とのこと。「活断層のそばには建てません」というのは原発の耐震安全宣伝の基本路線であったはずなのに、そんなのは無視するようです。(東海地震の予想震源域に浜岡原発を建てている時点で信頼性の無い宣伝ではありますが)事業者である東京電力や、消費者が運転再開を望むのは、ある意味当然であると思いますが、当然であるからこそ、規制当局が安全を軽視するようでは困ります。

今回は、なんとか最悪の事態にはなっていない模様ですが(東京電力の発表は「調査中」が多く、被害は大きくなるかもしれません)、もう少し大きな地震だったらどうだろうか、と考えずにはいられません。

原子力発電所のボイラーには、広島型原発と比べ3桁程多い放射能が内蔵されていますので、破裂などは許されないのは言うまでもありません。そして、どんな地震でも壊れないボイラーなど、作れる技術があるとは聞いたことがありません。

「可能性があれば、必ず実現する」

というのはよく言われます。

壊れるまで運転を続けるか、壊れる前に運転を止めるか。壊れる前に全国の原発の運転停止を願います。

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中越沖地震

一夜明け、中越沖地震の報道を見ると、雨の為か、家屋損壊も多く、胸が詰まります。

地震規模の割には被害報告が大きいように思えます。調査が進むにつれ、被害報告が拡大する悪い予感もします。

こういうときに、原発の危険性を訴えているサイトを書いていると、現地で被災した人の不安を煽るようで、非常に心苦しく思います。

けれども、私のサイト程度で不安になる方は、とりあえず原発から遠くに避難しておいた方がストレスが小さく無難だとは思います。東京電力の発表を信頼しないわけではありませんが、「安心」は主観の問題です。

中越地震の際にはボランティアに参加しましたが、今回は仕事の都合もあり、参加できそうもありません。義捐金程度しか出来なく、申し訳なく思います。

「なぜ新潟ばかり」という新聞記事もありましたが、地震は場所を選びませんから、次は私のところかもしれません。

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災害と軍隊

新潟県の地震で、自衛隊が派遣されたようです。

なんで、消防では無いのだろう、と、思います。

自衛隊の災害派遣分の予算を消防に回したほうが、効率が良いはず、と、思います。

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地震の想定

新潟の地震で柏崎刈羽原発で想定を超える地震動があった模様

もともとの想定が過去の地震を元にしていて、大部分が歴史地震なのだから、精密な地震計などあるはずも無く、想定が外れてもなんの不思議も無いと思います。実際、最近原発のそばで起きた地震では、必ずと言ってよい程想定を超えてます。

「きちんと地震を想定しているのだから安全」、という宣伝に憤りを感じます。

地震学の最先端は最先端というだけで、地震学としては大変価値のあることだと思いますが、原子力発電所の耐震安全を保証するほどには人類の知見は多くは無いように思います。

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久間防衛相発言

日経新聞7/1付1面を見ると

「今思えば米国の選択はしょうがなかったのだろうと思う。ただ、米国が原爆を落とすのを是認したように受け取られたのは残念だ」

と、釈明したそうですが

これは、「是認」ではなく「容認」である、という釈明でしょうか。

釈明が釈明になっていないことはよくあることですが、国軍のトップがそのようなことでは困ります。

批判する側から見れば、「容認」発言であってもほぼ同じ反応になると思います。容認できるようなことであれば、廃絶する根拠がなくなり、被爆国日本の国際社会における主張と矛盾します。

防衛相の発言が無知からでたものでは無く、深慮遠謀によると仮定すると、日本が「『しょうがなく』核兵器を持つ」ことに対する布石のようにも思えてきます。このような発言を散発的に繰り返し、国民を徐々に無感覚にしていく。批判が出なくなれば、日本も核武装をするのでしょう。

そして、このような発言に対する世間の反応は、年々鈍くなっているように思います。

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