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2007年10月

東海地震浜岡裁判判決

東海地震による原発震災を心配して、住民が中部電力に対し、原子力発電所の停止を訴えた裁判は、住民敗訴となりました。

ネットで速報を見ると、産経新聞が「中電勝訴」とした以外は新聞各社は中立あるいは住民よりの記事を載せています。

志賀原発裁判では、それほど高くない可能性でも原告勝訴となりましたが、今回は、運転差し止めのためには、被害が起きる蓋然性が十分高くなければならない、というのが条件になったようです。危険の度合いが「そこそこ」の施設であれば、それでも良いと思いますが、原発や細菌を扱う施設のような極めて高度な安全性が要求される施設には、その危険の度合いに応じて低い敷居で止めて欲しいと思います。

神戸大学の石橋先生(地震学)が毎日新聞のインタビューに答えて曰く、「判決の間違いは自然が証明するだろうが、そのときは私たちが大変な目に遭っている恐れが強い。」

原子力発電所の過酷事故がどのくらい大変であるかは、チェルノブイリの事故を見れば明らかで、あの事故は単一原子炉の事故だったけれど、浜岡の場合、「地震」という現象が原因で事故が起きるとすれば、設計思想と施工精度が同じ5機(裁判の対象は1~4号機)の原発全てが被害を受ける可能性が高い。そう考えると、たかだか5機の原発の生み出す電力とは引き替えに出来ない程のリスクは私たち国民は背負わされていると言わざるを得ない、と思います。

いずれにせよ、残念です。

(改訂:2007/10/28)

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島村英紀はなぜ逮捕され、そこで何を見たか。

大学の理学部と言うところには、高校の授業で言えば、数学、物理、化学、生物、地学といった学問が分類されることになっています。

上の分類は私の個人的経験から「体力のいらない順」に並んでいます。

生物と共に最も体力を要求される地学に分類される地震学者の島村英紀先生の「私はなぜ逮捕され、そこで何を見たか。」という本が講談社文庫から発売されたのですが、私の最初の感想は「数学者では保たないカモ」というものでした。

自分に降りかかった理不尽な逮捕拘束から、独房生活を自然科学者らしい好奇心と観察力でユーモアを交えながら綴り続ける。体力が無ければそれもできないでしょう。接見も保釈も許されず、監獄で許された時間をフルに使い、運動しつづけるさまは、一人称で客観的な描写もあいまって、あたかも復讐を誓うハードボイルド小説の主人公のようですらあります。

ところが、この「小説」には復讐どころか「悪人」すら登場しません。

検察官も判事も、悪人にすらなれません。看守や事務官に至っては善人ばかりです。事件に対する言い訳もそこそこに、監獄の日常を淡々と綴る言葉の裏側に「善人が人権を蹂躙する」グロテスクなイメージが広がります。

もっと「無罪」を主張するのかとも思っていましたが、判決に対する評価も他人の言うことを島村氏が観察するという形式をとっているのは自然科学者の自然体なのかもしれません。

白黒ということでいえば、控訴をしないことを決めた時点で、黒で決まりました。「どんぶり勘定」で研究をすると、今後は同様の事が増えると思われるので、大学関係者は経理に神経を使うことになるでしょう。それは今後の大学にとっては良いことなのかもしれませんが、研究以外に神経をすり減らすことは、研究者にとっては足枷になるのかもしれません。(研究者に経理に気をつけさせるよりも秘書を雇うのが順当だと思います)

島村氏は法律上の白黒よりももっと大事なモノをもっているようです。全編事件を客観視している文章の中で、最後の一行に強い決して負けない強い意志が込められているようにも感じます。地震学という、官の予算が殆ど全ての学問領域で、今後氏の活動は制約だらけになるにちがいありません。それでも、今後もご活躍をお祈りします。

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制御棒一本抜けず

新潟県中越沖地震で被災した柏崎刈羽原発で、点検が続いていますが、7号炉では制御棒が一本抜けないとの報道がありました。

さて、私は大変ひねくれていますので、これを見たときに、原子力に賛成する人が

「制御棒が入ったのだから良いではないか」

という宣伝をするだろうなぁ、と漫然と思いました。(そのくらい鈍感でなければ、人口密度の高い地震国日本に原発など建てられるものではありません。)

抜けないという事は、壊れているという事ですから、当然、「どのように壊れているのか」が最も気に掛かることです。

中越沖地震は震災は大きかったのですが、地震としては大きなものではありません。あの程度の地震で破損するような制御棒であれば、それは心配の種でない方がおかしいと言わざるをえません。

ましてや、放射性ヨウ素を通常運転とは桁違いに放出した7号炉の事ですから、制御棒が壊れたと同時に燃料棒に被害はなかったか、という事が気に掛かります。

同型の原子炉が東海地震の想定震源域の真ん中に建っているのですから、心配するなという方が無理というモノです。

その東海地震の震源域に建つ浜岡原発の運転停止を求めた裁判がもうすぐ一審判決になります。お時間のある方は、是非傍聴へ。

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東海地震浜岡原発裁判予定

日本の地震関連の研究予算が重点的に配分されている、起きる前から名前の決まっている希有の地震である、東京電力柏崎刈羽原発に被害を与えた中越沖地震の数十倍のエネルギー放出が予想される、東海地震の想定震源域に無謀にも建っている、中部電力浜岡原子力発電所の停止を求めた裁判の結果がまもなく出ます。

阪神淡路大震災あたりを契機とした日本の原発に対する地震被害の危険を訴える運動が一つの節目を迎えます。果たして司法はどのような判断を示すのでしょうか。

お知らせを頂いたので掲載します

 

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地球温暖化と原子力(少しだけブラックに)

ゴア元米副大統領とICPPがノーベル平和賞を受賞されたそうで、おめでとうございます。

が、地球温暖化、というとすぐに「原子力は発電過程で炭酸ガスを出さず」などという宣伝をする輩が多くて辟易してしまいます。

炭酸ガスを出さなければ何をしても良い。という訳にはいきません。一人あたりの温室ガス排出量の上位一割くらいを安楽死させれば地球温暖化問題の解決は随分楽になりますが、もちろんそのような選択を許す訳にはいきません。

もう少し穏やかな例を挙げれば、ガソリンを昔ながらの有鉛ハイオクにすれば、エンジンの圧縮率を上げることが出来、くるまの燃費を向上させることができますが、大気汚染を考えれば当たり前ですが、ガソリンは無鉛が順当です。

なるほど、発電過程で原子力発電所では温室ガスの排出は小さいですが、その他の毒物の事を、上流はウラン鉱山の鉱滓から、下流は核のゴミ捨て場まで考えると、原子力を選択するのは、有鉛ハイオクを選択するのと同様の図式である。と、思います。

原子力を選択する国は、一人あたりの温暖化ガス排出の多い先進国に限られていますから、事故でも起きれば、最初の例に近づくのかもしれませんが、嬉しいはずもありません。

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インド洋とアフガニスタン

民主党の小沢氏がISAFに参加したがっている件で、「インド洋より危険だ」との批判を目にしました。

「安全であるから派兵させてよ。」

という意見があるのは以前から聞いていましたが、安全であるなら、給油活動などは民間の油屋さんに頼めば良い話で、危険地域だからこそ軍隊の派遣、となるはずです。

PKOでもISAFでも、日本は国際紛争を解決する手段としての戦争を放棄することを憲法に謳っていますので、国軍を派遣すれば憲法違反であるのは明らかです。

憲法違反であることは、国内的にも問題ですが、国際的にも「法を軽視する国」というレッテルを貼られかねないので、厳に慎むべきである、と、思います。

それでも派兵をしたいのであれば、国軍(自衛隊)では無い国連軍でも提唱すれば良いでしょう。指揮権を日本では無く、国連に預ければ、一応、日本国憲法の条文はクリア出来ると思います。自衛隊を解体して、軍事予算を国連に出資し、国連主導で募兵をする。政府が募兵の窓口になるくらいであれば、侵略国家の連想にもなりますまい。

国連で「我が国は紛争解決の手段としての戦争を放棄しているので、国軍の派遣は致しかねます。国連も紛争解決を平和的手段による解決を尊び、軍事的解決を原則否定しています。例外的に国連が軍を募るのであれば、協力はできますが、軍の派遣は遵法精神に則り、永久に不可能です」などど演説する日本国代表を夢想します。

指揮権を与えられた国連も困るでしょうが。

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鉄筋コンクリート

中越沖地震で大きな被害を出した東京電力柏崎刈羽原発で、コンクリート製の放水路に亀裂が見つかったようです。

これを東京電力は修繕して使用するようですが、どうでしょう。

柏崎刈羽原発には巨大な、そして検査が困難な人造岩盤(man maid rock)と呼ばれるコンクリート構造物があります。簡単に言うと、もともとの地盤の条件が良くないために、岩を削り取り、コンクリートで埋め戻しています。

もともとの地盤が悪い場所に原子力発電所を建てるという行為の是非も問われなければなりませんが、果たして、今回の地震でこの人造岩盤にヒビが入ったとして、有効な検査が可能でしょうか。あるいは、ヒビが見つかったとして、修繕は可能でしょうか。

私の予想としては、たとえヒビが見つかったとしても修繕など出来るものでは無いとなります。そうすると、下手に調査するわけにも行かず、人造岩盤に関してはおざなりの調査しかしない、あるいは調査そのものをしない。と、予想します。

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銀行口座

訳あって、銀行口座を新しく作りました。

私:「旧姓で作れませんかねぇ。」

行員:「申し訳ありません。無理です。」

私:「仕事は全部旧姓なんで、そこをなんとか。」

行員:「お気持ちはわかりますけれど」

と、云う訳で、「原田」では口座が作れませんでした。銀行口座が作れないのであれば、「仕事は旧姓でも大丈夫」というわけにはいきません。かといって、いきなり姓を変えるのも無理があります。

現在の制度には、明らかに矛盾があります。矛盾を解消する方策を考えるに

  1. 結婚して姓を変えた場合、仕事を止める
  2. 旧姓に公的効力を持たせる(銀行口座もOK)
  3. 姓を変えなくても婚姻関係を持てる

.などなど

こうして並べてみると、1はどうにも非現実的な気がします。けれども、銀行口座も作れないようでは、1を社会が強要しているように、「実感として」、感じます。

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南海地震

東洋町のはなしで思い出したのですが

現在「ちきゅう」が南海地震の震源域で掘削作業を行っています。

井戸に水を流したり、ダムに水を溜めると地震が誘発されるのは良く知られていることでして、地震の巣をはずしての掘削のようですが、やはり、地震が誘発されるのではないか心配です。

自然の神秘を解き明かす欲求や地震のメカニズムを解明することによる社会的利益などが推進力であるのは間違いないと思いますが、最低限、万が一南海地震が誘発された場合に、影響が予想される地域には情報の衆知が必要である。と、思います。

地震といえば、最近ブルース.A.ボルトの「地下核実験探知」(古今書院1961)という本を読みました。著者は核実験が地震学に貢献した点を評価しつつも、地震学の為の核実験に対しては否定的な姿勢を見せています。私も同様にいまだ人類の知性は黎明期に過ぎないと思いますので、「急ぐ理由は何も無い」と思います。

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東洋町町長の話を聞く

今日は東京のたんぽぽ舎が中心となっている9.30東海村臨界事故8周年東京集会に参加して、高レベル放射性廃棄物処分場の誘致をしようとした町長に競り勝った高知県東洋町の町長さんのお話を聞いてきました。

訥々と話す町長さんは本当は町長になりたいわけではなかったのだけれど、他に立候補者がいなかったので仕方なく出馬した、との由。

南海地震が起きれば被害が予想され、日本でも雨の多い地方でもあり、放射性廃棄物の最終処分場にはやはりふさわしくない土地のよう

誘致をしようとして失敗した前町長は、「調査だけだ、文献調査で終わらせ、お金だけもらう」などと宣伝をしたとか、推進派の議員が「ほとんどの町民が反対しているから計画はとまるから安心して応募」と言ったとか、前町長は元共産党(私の認識では共産党は原子力に賛成で日本の核開発には反対)だとか、いろいろ面白い話も聞けました。

4/5に前町長が辞任、4/17に公示4/22に投票、と、選挙運動の期間が無いに等しいなかでの選挙はストレートに民意が反映されたのだろうと思います。今後日本中で数限りなく繰り広げられる予定の「核のゴミ捨て場」戦争の第一戦は反対の勝利におわりました。今後の試金石となるでしょう。

ちなみに東洋町の宣伝パンフレットもいただきました。あんまり一般には知られていないけれどサーフィンに良い浜や、鮎が自慢の川もあり、次に四国に行く機会があればよってみたいと思います。(と、いうか過去には一度通過したことがある)

高レベル廃棄物の処分場は核燃料サイクルの末端に位置しますが、もともとの会の由緒である1999年9月30日に起きたJCO臨界事故はその上流に位置する常陽の燃料を動燃が発注したところに端を発しています。

会場には、そのJCOの事故で被害を受けた大泉恵子さんや、同じく動燃のもんじゅに殺された西村さんの奥さんなども発言をして盛りだくさんの内容でした。核燃料サイクルという「悪夢」が引き起こした悲劇の一端です。

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