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島村英紀はなぜ逮捕され、そこで何を見たか。

大学の理学部と言うところには、高校の授業で言えば、数学、物理、化学、生物、地学といった学問が分類されることになっています。

上の分類は私の個人的経験から「体力のいらない順」に並んでいます。

生物と共に最も体力を要求される地学に分類される地震学者の島村英紀先生の「私はなぜ逮捕され、そこで何を見たか。」という本が講談社文庫から発売されたのですが、私の最初の感想は「数学者では保たないカモ」というものでした。

自分に降りかかった理不尽な逮捕拘束から、独房生活を自然科学者らしい好奇心と観察力でユーモアを交えながら綴り続ける。体力が無ければそれもできないでしょう。接見も保釈も許されず、監獄で許された時間をフルに使い、運動しつづけるさまは、一人称で客観的な描写もあいまって、あたかも復讐を誓うハードボイルド小説の主人公のようですらあります。

ところが、この「小説」には復讐どころか「悪人」すら登場しません。

検察官も判事も、悪人にすらなれません。看守や事務官に至っては善人ばかりです。事件に対する言い訳もそこそこに、監獄の日常を淡々と綴る言葉の裏側に「善人が人権を蹂躙する」グロテスクなイメージが広がります。

もっと「無罪」を主張するのかとも思っていましたが、判決に対する評価も他人の言うことを島村氏が観察するという形式をとっているのは自然科学者の自然体なのかもしれません。

白黒ということでいえば、控訴をしないことを決めた時点で、黒で決まりました。「どんぶり勘定」で研究をすると、今後は同様の事が増えると思われるので、大学関係者は経理に神経を使うことになるでしょう。それは今後の大学にとっては良いことなのかもしれませんが、研究以外に神経をすり減らすことは、研究者にとっては足枷になるのかもしれません。(研究者に経理に気をつけさせるよりも秘書を雇うのが順当だと思います)

島村氏は法律上の白黒よりももっと大事なモノをもっているようです。全編事件を客観視している文章の中で、最後の一行に強い決して負けない強い意志が込められているようにも感じます。地震学という、官の予算が殆ど全ての学問領域で、今後氏の活動は制約だらけになるにちがいありません。それでも、今後もご活躍をお祈りします。

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