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東洋町町長の話を聞く

今日は東京のたんぽぽ舎が中心となっている9.30東海村臨界事故8周年東京集会に参加して、高レベル放射性廃棄物処分場の誘致をしようとした町長に競り勝った高知県東洋町の町長さんのお話を聞いてきました。

訥々と話す町長さんは本当は町長になりたいわけではなかったのだけれど、他に立候補者がいなかったので仕方なく出馬した、との由。

南海地震が起きれば被害が予想され、日本でも雨の多い地方でもあり、放射性廃棄物の最終処分場にはやはりふさわしくない土地のよう

誘致をしようとして失敗した前町長は、「調査だけだ、文献調査で終わらせ、お金だけもらう」などと宣伝をしたとか、推進派の議員が「ほとんどの町民が反対しているから計画はとまるから安心して応募」と言ったとか、前町長は元共産党(私の認識では共産党は原子力に賛成で日本の核開発には反対)だとか、いろいろ面白い話も聞けました。

4/5に前町長が辞任、4/17に公示4/22に投票、と、選挙運動の期間が無いに等しいなかでの選挙はストレートに民意が反映されたのだろうと思います。今後日本中で数限りなく繰り広げられる予定の「核のゴミ捨て場」戦争の第一戦は反対の勝利におわりました。今後の試金石となるでしょう。

ちなみに東洋町の宣伝パンフレットもいただきました。あんまり一般には知られていないけれどサーフィンに良い浜や、鮎が自慢の川もあり、次に四国に行く機会があればよってみたいと思います。(と、いうか過去には一度通過したことがある)

高レベル廃棄物の処分場は核燃料サイクルの末端に位置しますが、もともとの会の由緒である1999年9月30日に起きたJCO臨界事故はその上流に位置する常陽の燃料を動燃が発注したところに端を発しています。

会場には、そのJCOの事故で被害を受けた大泉恵子さんや、同じく動燃のもんじゅに殺された西村さんの奥さんなども発言をして盛りだくさんの内容でした。核燃料サイクルという「悪夢」が引き起こした悲劇の一端です。

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