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責任

中越沖地震(柏崎刈羽震災)以来、新潟日報を愛読しているのですが、いろいろ中央の新聞には出ない記事が出ていて地方紙というのはやはり必要なのだなぁ、と思います。(白眉は新聞協会賞を受賞したhttp://www.niigata-nippo.co.jp/jyusyou/でしょうか)

で、新潟県知事が中越沖地震で被災して止まったまま1年間で9件の火災を起こした東京電力柏崎刈羽原発の再開了承を引き延ばしている件でおもしろい、と言っては語弊があるかもしれませんが、不思議な現象を報道しています。

4/11付けなんですが

電力会社は一応は私企業となっていますが、公益事業と言うことで独占禁止法やらなんやらで優遇されていますし、原子力発電所は広島型原爆1000発分程度の放射性物質を内蔵した上に、発電5年分というボイラーを吹き飛ばすには十分なエネルギーを内蔵していますので、防災責任者である自治体の了解が出ないと運転できない慣習になっています。

で、知事が再開に難色を示していて、その際に「議会に説明するから」というのを理由に挙げているのですが、これに対する新潟県議の反応が実に不可思議。

曰く「責任分散 アリバイづくり」とか

議員の皆さんも再開に積極的に賛成すると何か起こったときの責任を負わされるのを嫌っているようです。大体が電力会社は「国が安全を保証します」と言い、行政府は「電力会社が全責任を」と言っているので、責任の押し付け合いの世界です。(法律の条文を見れば、事故を起こせば事業者が責任を被り、防災に関しては自治体が責任を負うことになるようです。「国」は無責任ですね。)

県議会が責任をほんの一部でも負えないようなら、再開しない方がよろしんじゃないかと思うのですが如何でしょうか。

再開しないと地元経済が困るという意見もあるようですが、再開して地元に落ちるお金といっても1機稼働では高々核燃料税分の数千万円レベルの話のようですから「責任」に対する利益が足りないようにも思います。なにしろ現在の大型原子炉が過酷事故を起こすと国をひっくり返すような被害が想定されるのですから。

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