日記・コラム・つぶやき

皇族報道

今上天皇ご夫妻が金婚式だそうで、報道がぼちぼち出ています。

私は「日本国憲法」に関して、いわゆる「護憲」ですから、天皇制に関しては容認ということになります。

皇室に対するシンパシーは護憲派よりも改憲派の方が強いと思いますが、憲法改正が必要な状況というのは、天皇制廃止くらいしか、私には、思いつきません。本来なら、第一条である天皇制を廃止する主張が改憲の筆頭になるのが自然な状態だと思うのですが、不思議なこともあるものです。(苦笑)

是認まで行かないのは、皇室はもっと政治から離れた方が良いと思うからで、否定するところに行かないのは、護憲というのもそうですが、誰かが尊いと思っている対象を、こき下ろすのはどうも性に合わないといったところです。

でも、まぁ、政教分離を是とするのであれば、現在の天皇制でも皇室は政治に近すぎるでしょうねぇ。

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猛暑と電力不足の報道のありかた

猛暑と電力不足が報道されていますが

今のところ、深刻な電力不足には至っていません。

需給調整契約も一番止めやすいところまでで、しかも契約各社はもともと単価の高い夏場の昼間の電力に対する依存が少ない(少ないからこそ簡単に止められる契約にするのでしょうけどね)

一般家庭の電力料金は3段料金で1kwhあたり22円程度で、企業向けは11円程度だから需給調整契約している会社ならもっと安いのでしょう。であれば企業向けを抑制して一般家庭向けを野放しにするのは電力会社の収益を改善するので、現在の料金体系からすると、企業向けの電力が先に抑制されるのも当然のことと思われます。

それでも新聞は電力不足を煽ります。新聞の煽りを受けて電力会社が設備増強をしたとしましょう。

100万kWの発電所を建てるのに安いものでも数百億円、高いものでは4000億円くらいでしょうか。1000万kW程度の電力設備を用意するのに2兆円から4兆円程度の投資が必要になります。

これで、夏の暑い時にしか動かないのでは、投資効率が悪くて仕方ありません。

投資効率の悪化は電力料金に跳ね返ってきます。電力設備のメーカーは喜ぶかもしれませんが、一般市民としては勘弁願いたいところです。

電力不足報道が一般市民の節電につながるのであれば、炭酸ガス排出抑制にもなるし、需要の平準化で設備利用効率の向上も考えられますが、新聞各社の文章の調子からすると、更なる非効率な設備投資につながりそうです。

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佐藤栄佐久前福島県知事逮捕

前福島県知事、佐藤栄佐久さんが逮捕されました

が、本当に立件できるのでしょうか。

贈る側の気持ちを考えると、贈賄くらいあっても不思議では無い、とは思います

が、贈賄をする方は賄賂と思っていても、受けた側が賄賂とも思っていない(勿論形式的には贈賄にならないようにしているし)、から、便宜も計らず、収賄にはならない、つまり、贈り損。

本当に磐石な地盤というのはそういうものかもしれない、し、それくらいで無いと、国策に対して強気で反論できる腰の強さは出ないのかもしれません。困ったなぁ。

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政府首脳は好戦的?

今度の首相は戦争が好きみたいですね。今までの首相もそうだったけれど。

どうも世界的に見ても、政府首脳というのは、結構好戦的であるように思います。

思うに、本当に「争う事が嫌い」な人は、選挙になど立候補するはずもないので、民主主義というのは、選挙という手段をとる限り、本当の世間一般よりも、少し、好戦的になるのかも知れません。

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原子力潜水艦の放射能?

横須賀港で放射性のコバルトを検出したそうです。

ネットニュースでは「コバルトを検出したのは今回が初めて。」とか、報道していますが、過去に佐世保で検出されたことがあったはず。と思って検索してみますと

調査結果が原子力委員会月報で報告されていました。
http://aec.jst.go.jp/jicst/NC/about/ugoki/geppou/V13/N06/196811V13N06.html

にあります。

その時は「軍機」に阻まれて最終的にはうやむやになったようです。

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死刑

杉浦前法務大臣が尊敬する人は勝海舟だそうで、

江戸城の無血開城の立役者ですから、死刑執行を行なわなかった法務大臣に相応しいかもしれません。

死刑廃止とは別に、死刑の執行の抑止が行なわれても良いと思います。

一般論としては、現在の無期が上限では軽すぎるかと思いますので、万が一にも誤審が許されない死刑は廃止し、終身刑と、なんどでも復活審理が良いか、と思うのですが、処刑される本人が死刑に同意した場合には、死刑も許されるのかもしれません。

忘れてはならないのは、死刑を執行する人の精神面でしょうか。

申し訳ないですが、私には死刑執行は出来ません。それがたとえ親の仇であっても。

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ナガサキ

長崎の原爆忌にいけなかっただけでなく、11時2分に黙祷するのも忘れて仕事をしていました。

その分、今、黙祷します。

長崎に落とされた原爆は、広島がウランを使用したモノであったのに対して、人工元素のプルトニウムを使用した原爆で、世界最初の原子炉はこのプルトニウムを製造する為のものであったのは衆知の事実であると思います。

製造されたプルトニウムを精製する施設が、日本の場合、青森県六ヶ所村に建てられて、現在、試験運転中です。

原爆には使用できないようにする措置として最大のものは、最終段でウランとプルトニウムを混ぜ合わせ、プルトニウムを単独で取り出さない、というのだそうですが、出てきた混合物を分離するのは、高濃縮ウランを作ること等、他の核物質取得の手間に比べれば、容易であること、間違いないと、思います。

平和利用である、と口で言っても、聞いてくれないのが、世界の現状ですから(イランや北朝鮮が「平和利用」と云っても聞き入れるつもりもありません。)、核廃絶が達成されるまで、プルトニウム精製施設を運転するのは、言語道断である、と、思います。

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まるごし

原爆忌で行った広島で、デモの警備をしていたお巡りさんは、拳銃を腰に付けていませんでした。

最初は気のせいかと思ったのですが、私が間近で見た範囲では、腰には拳銃がありませんでした。(メイン会場などは別だと予想します。)

まるごしで行なう警備は、拳銃を持っている場合よりも、胆力が要求されると思います。尊敬に値すると強く思います。

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屋外冷房

私の家では通常、冷房は使用していませんが、冷房自体は贅沢とも思いません。

けれども、街のお店で扉を開けっ放しにしたまま冷房を掛けているのは「無駄」というモノでしょう。

表を歩いている人を店に引き込みやすくするねらいは分らなくも無いですが、この「無駄」は経費に上乗せされますので、そういう店では(出来るだけ)買い物をしないようにしています。

扉を開けっ放しで人が入りやすい店の方が、大量販売によって値段を下げる可能性が高いですが、社会のトータルコストを考えると、この手の「客引き」は勘弁してもらいたい

と、思います。

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Mロケット

新聞記事でMの次期バージョンは現在よりも小型化するというのを見ました。

Mロケット、と、書いた場合、Mは「ミュー」と読みます。

日本が世界に誇る「固体燃料」ロケットです。

H2よりはニュースになることは少ないのですが、H2が液体燃料のロケットであるのに対し、Mは固体燃料であることが特徴です。

液体燃料よりも固体燃料の方が、軍用ミサイルに向きますので、日本の核武装を考えるひとはH2よりもMを大事にしたいようです。

ロケットに携わっている方々には最大限の敬意を表したいと思います。ただ、もう少し、世界が平和であれば、脳天気に賛意を表せるのに、というのが残念でなりません。

人工衛星を打ち上げ可能な固体ロケットは、当然ICBMに転用可能です。(テポドンよりは優秀である、と、私は信じています。)

現在の世界情勢で、固体燃料ロケットで人工衛星を打ち上げるのはICBMの実験という性質を持つ、と、思います。とても賛成出来ることではありません。

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北朝鮮

北朝鮮に「制裁」を、という論調が新聞を賑わせていますが、日本が制裁を加えると、北朝鮮の市民がどれくらい死ぬか、と考えると、気が重くなります。

北朝鮮の軍部にはさほどのダメージにもならないだろうと思うと、(軍需物資の輸出禁止等だけなら兎も角、一般的に広範囲な)経済制裁に賛成する気分には、なかなか、なれません。

報道を見ていると、「軍事」にこだわる日米と、それを止める英仏中露という図式が見えます。同じタイミングで敵地の攻撃能力などを云えば、日本の軍事的脅威の方が大きく見えても仕方が無いように思います。(米中露という山の間の谷間での話ではありますが)

北朝鮮がミサイルを発射したおかげで、日本の軍備が増える、という指摘もあります。隣国同士で威嚇しあって軍拡を繰り返しても、損をするのは国民ばかりですので、勘弁して欲しいところです。

米中の軍縮がなければ難しいのかもしれませんが、日本も北朝鮮も軍縮し、軍事予算を一般の支出に回せるような外交決着が出来ないモノでしょうか。

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北朝鮮

北朝鮮がミサイル発射の準備をしているらしい

これには断固として反対

たとえ名目だけでなく、本当に平和目的だとしても、打ち上げの(地理的に)東側の国と連絡が密に取れない状態で打ち上げなど行なうのは無謀でしょう。

ましてや、目的が不明確であれば尚の事、軍事目的であれば更なり。

ミサイル作る金があったら国民に配った方が良いでしょうに。と、これは北朝鮮だけでは無いから、北朝鮮に対して剛に応じるのも反対。

日本人らしく「柔よく剛を制する」事は出来ないでしょうか。

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再生可能

やがて技術が進歩したら、魔法としか思えないことが実現できる、カモしれません。

化石燃料は炭化水素が酸化して二酸化炭素と水になる際に解放されるエネルギーを利用します。バイオマスは二酸化炭素と水を植物等が吸収して炭化水素になる反応を利用しています。もう少し技術が進むと、化石燃料を再生する事が出来るようになる、カモしれません。

そうすると、人間の文明が非常に長く続くことに楽観的になることも出来ると思います。

原子力発電所ではウランが分裂する際に解放されるエネルギーを利用します。やがて、技術が進むと、核分裂生成物を融合させてウランに変換・・・させるのは、難しいでしょう。化石燃料の再生は、反応自体は現にあるものですので、可能性があることは明白ですが、核分裂生成物からウランを再生する反応は現存する訳ではありません。

元に戻すことに意味があるのか、という問いは尤もである、と、思いますが、再生の可能性が低い程、消尽には気を付ける必要がある、と、思いますし、ウランに頼った文明では永続は出来ない、とも思います。

元々化石燃料よりもウラン235の方が「稀少」です。

ビッグバンの様な現象があるのであれば、ウランの再生も起きるでしょう。ですから、極端な事を云えば、原子力発電に賛成であっても、ウランの消費は次のビッグバンまで引き延ばす事が望ましい、と思われます。そうすると、年間消費量は非常に少なくなります。

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ボーズ凝縮

韓国との間のEEZの交渉の報道を見ていて、ふと「ボーズ凝縮」を連想していました。

物理学を学んだのはもう遙か昔の話でむつかしい話は大方忘れてしまいましたが、時々フイに脳裏に物理のネタが浮かびます。これから書くのは「遊び」です。

普通は排他的な「領土」ですが、素粒子では同一位置を複数粒子が占める事があるのですから、A国領であり、かつB国領である。というように、決めてしまえば決めてしまえるのではないか。と、ふと思ってしまいました。

そんな事はあり得ない、という人もいるでしょうが、ボーズ凝縮だって、前振り無しで聞いたら「あり得ない」という人の方が多いでしょうから、あんまり気にしても仕方ありません。

人間の国籍であればA国民であり、かつB国民である、という人が実際にいますし、その様な人はふつうは邪魔な国境を易々と乗り越え(ちょうど超流動、というところでボーズ凝縮の連想となります)ます。でしたら領土も同じように、A国領土であり、かつB国領土である。という状態を取り得るでしょう。

一度でももめた国境というのは、みんなが納得する解決は難しいだろうと思います。「あの島」を日本領としても、韓国領にしてもいずれも満点の回答とは思えません。ので、「いっその事」、「竹島」を日本領として、「独島」を韓国領にしてしまえば良いのでは、というお話。

その場合、EEZはどうなるか、というと、いわゆる「共有地」という事になるでしょうか。「排他的経済水域」という概念そのものを否定する案ですけどね。

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電卓

文明が進歩すると消費電力が増える

と、云う人がいます。これは

技術が進歩すると消費電力が減る

と、云う、これも良く聞く命題と矛盾するような雰囲気も持っています。

電力が減った代表例は電子卓上計算機、略して「電卓」でしょうか。初期の電卓は云うまでもなく、我が家に初めてやってきた電卓も一応電池で駆動は可能でしたがACアダプタが必須でした。

ところが、いつの間にか消費電力は減り、太陽電池で駆動できるようになり、「卓上」どころか、ポケットにも入るようにもなりました。

いつか、パソコンも電卓同様、邪魔な電力線が不要になる、と、信じてはいるのですが、バックライト式の液晶を使用している限り、太陽電池による駆動は無理なので、かなりの新機軸が要求されそうではあります。

文明が進むと電力消費が増えるのは、技術の進歩が人間の欲に負けている証拠のような気もします。技術による改善の度合いを超えた消費の増大がいつまでも続くのは、あまりよろしくないようにも思います。

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どうも株式市場はわからない

村上某が逮捕された、との報道は一面トップなのですが、

どうも何が悪くて逮捕されたのかが今一つハッキリわかりやすい報道が無いような気がします。

もしかして、日本放送の株をもしも市場で売却せずにライブドアと共同で経営に乗り出す、という姿勢を示していたらインサイダー取引に該当しないのではないかなぁ。などと思います。

「インサイダー取引」というのは「内部者が外部に知られない情報を元に不正に取引を行なう」と聞いていますので、なんで日本放送の「外部」の村上某が「インサイダー取引」になるのか、それすらわかりやすい解説が無いように思います。

「出る杭は打たれる」というイメージばかりが氾濫している気がします。

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FAXは感熱紙が良い

昨日の記事のタイトルの「利点」に括弧が付いているのは本当の利点とは認めていない、ということです。断るまでも無い、とは思いますが、一応、注釈をしておきます。

今日は日記風です。

FAX機を買いました。

今まで使っていた機械もまだ使用できるのですが、(例によって)20年以上酷使されていますので、だんだん音もうるさくなって来ていたし、電話の自動切り替え機能が無い(!)ので、別体の簡易切り替え器(今回購入したFAX機より高価!)を使用しなければならない、という、なんとも面倒なことにもなっていたので、買換えを考えていたのですが、なかなか良いモノが見つかりませんでした。

そうこうするうちに、店頭に並んでいるのが普通紙FAXばかりになってしましました。

感熱紙から普通紙FAXに買換えた知り合いのうち一定割合で「感熱紙の方が面倒くさくなかった」という感想を聞くのですが、売り場では普通紙の方が圧倒的人気だそうです。ものぐさな私としては30mロール紙普通紙FAXなどというモノがあれば普通紙も考えますが、カット紙をセットしておかなくてはいけない、というのはいかにも面倒です。

感熱紙よりもランニングコストが高いのもいただけません。まず、リボンが高価ですし、消費電力も感熱紙より普通紙の方が大きいのです。(お店によってはリボンの価格を無視して普通紙がやすい、とセールストークをしていましたが、これは詐欺行為だと思います。)

「保存性が良い」という一点の為に他のすべての項目で勝っている感熱紙が駆逐されているのはどうにも解せません。

と、いうわけで普通紙になるのが不可避ならプリンタと共用できるのにしようか、などと考えてもいたのですが、たまたま立ち寄った電気屋でPanasonicの感熱紙FAX(KX-PW201CL)を現品特価で格安に入手しました。

一応カタログで見て最有力候補だったのですが、なにしろ売っている店が無かったので今日まで買えずにいたのでした。

待機電力が0.5W、最大消費電力が60Wですから、他社のカタログも見ましたが、おそらく史上最も電力消費の少ないFAX機です。既存設備はFAX機と別に切り替え器と留守番電話の2つが電力を消費していましたので、その分も節約できます。

15mの専用ロール紙なのでランニングコストはそれなりに高いのですがね。

FAX選定基準が消費電力、というのも、なんだか行き過ぎた感もありますが、久々に物欲が満足しております。

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怖いモノ

天災は忘れた頃にやってくる

と、云ったのは寺田寅彦だそうですが、最近は世界中の情報が入ってくるので、忘れる暇も無いのかも知れません。情報としては入ってきても、義援金くらいが関の山で悲しく思います。

地震、雷、火事、親父

と、昔から云いますが、地震以外はどんどん怖く無くなっている模様です。

相対的に地震はどんどん怖さを増している感があります。

寺田寅彦が「天災と国防」で云うように「文明が進めば進むほど天然の暴威による災害がその劇烈の度を増す」もので、文明が進むにつれて耐震設計は進歩している事は確信していますが、それ以上に危険なものが増えているように感じます。

インドネシアは日本同様地震国で、石油も採れますが、非核地帯(条約は発効はしていないようですが)ASEANで最も原子力発電所建設に近いと聞いています。人類のチャレンジ精神には、凄まじいモノを感じます。

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明日可能になる

今日の不可能は明日可能になる。

と、いう言葉が結構好きです。ロシアのツィオルコフスキーという学者さんが言ったそうですが、原典まで遡ったわけではないので違うかもしれません。今日はこの言葉を真と仮定して進めます。

原子力発電所にしろ、再処理工場にしろ、今日、絶対安全など望めませんし、放射性廃棄物を日常的に放出せずには運転できません。きっと(遙か遠いかもしれまえせんが)将来はもっと安全になるし、日常的な放出も押さえられ、核廃棄物の問題も解決可能になるのかもしれません。

けれども、現在はそれらの問題が解決されていませんし、一部の問題は解決しようともしていません。そのような段階でウラン燃料の大量消費、放射能の大量放出、大量備蓄を行うことは、「明日」可能になってから振り返ると馬鹿げているように見えると思うので、現在は原子力を止めるのが得策だと思います。

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針と糸

原発が続いたので、少し休憩して昔話を一つ

もう随分前のこと、叔母と話をしていた時の事、

「昔は靴下の穴も繕ったもんだよ。物は大事にしないと。」

と、云うので、「今も俺は靴下繕って使ってるよ。」と、受けたら

「新しいのを買いなさい。」

と、叱られました。全く人の心は難しいものです。

切れた電球をとっておいて、靴下を繕うときに使います。裏返した靴下の中に電球を入れると、裏を一緒に縫い込むことなく、大変簡単に穴がふさがります。

ちょっと穴が開いたくらいで捨ててしまうのでは「もったいないお化け」が出ようってもんです。もっとも、叔母に怒られないように「よそ行き」の新品を用意するのも忘れないようにしないといけませんね。

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医療被ばく

健康診断でレントゲンをとったのですが、そのことを仕事先の若い子と話すと、今の20代前半の子は子供の頃、胸部レントゲン撮影はしなかったそうな。

「最近」では結核の危険より被曝の怖れ:の方が大きくなったから子供のレントゲン撮影は減った、と、聞いていたけれど、それがもう20歳を越えて働いているのだから、自分の歳を感じます。

成人病検診だったので、胃のレントゲンまでやって、胃のレントゲンは透視だから肺のレントゲンと比べると被曝量が多いんだよなぁ、ときどき急性障害にまでなるって云うしなぁ、などと思いながら、もう年齢が年齢だからそれでも胃ガンの発見の方が大事か、と割り切って診察を受けました。

胃カメラは胃カメラで辛いし、胃カメラで胃壁を傷つける確率も結構高いみたいですしね。(国内の某原発の地震の際の炉心損傷の確率と同等だそうな)

「胃ガンになっても手術しない」

と、割り切っちゃうような達人なら、検査もしないんですけど。手術に比べれば胃のレントゲンも胃カメラも体の負担が小さいことは間違いないですし、医療放射線の場合、原発や核燃施設と異なり、リスクと便益がどちらも私が受けるので、勘定はしやすいですね。

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リスクとベネフィット

アスベストの健康被害問題でクボタが周辺住民に社員を上回る補償を決めたことが話題になっているようです。

新聞記事など見ましても、なぜか、社員の方が高くて当然、「意外」という反応です。あるいは、裁判のリスクを避けた、という評価もありますが、「道義的」な意味を書く論が見当たりません。

ICRP(国際放射線防護委員会)の放射線防護の勧告などを見ましても、職業としてリスクを取った場合よりも「公衆」の方が基準が厳しくなるのは、リスクと便益の関係を考えれば当然なのかも知れません。

リスクの高い職業は賃金で報われなければならないとすれば、裏を返せば、職業であれば、賃金を得る為に多少のリスクを負うことも有り、かも知れません。が、なんの利も無く、リスクだけを背負わされた理不尽さは、せめて金銭だけでも補償されるべきかもしれません。

労災は補償されて当然ですが、公衆はそれに労働対価の一定の割合を上乗せして当然なのかも知れません。リスクに応じた労働対価が支払われていたか、は、また、別の問題ですが。

今後の公衆賠償の先駆、良い前例として扱われるような気がします。

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割り箸

日経新聞によると、中国が割り箸の輸出を止めたいそうな。

20年前から「マイ箸」を持ち歩いています。昔は

「ウチの箸が汚くて使えねぇってのか!」

と、云われることもありました。最近はそういうことも無く、お店の人の「受け」は良い感じで、たまに「おまけ」を貰ったりもします。(割り箸文化が減ったわけでも無いので、「マイ箸」作戦は今一だったのは否めませんけどね。)

「割り箸は国産木材の端材の有効利用」

と、親切に教えてくれる人も多いですけれど、最近の割り箸は殆ど中国産だそうで、端材でも無く、森林破壊にもなっているようです。端材であっても割り箸より良い利用法があるような気もします。

中国の割り箸輸出停止を機に国産林業が増えれば、それに越したことは無いですが、他の国の木を求めて移動するだけであれば、割り箸は世界の木にとって天敵扱いになるかもしれません。

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核発電所

英語の”Nuclear Power Plant” を日本語に訳すと「原子力発電所」となりますが、中国語に訳すと「核発電所」となるのだそうです。

Nuclear は「核」ですので、「核発電所」が正しい訳かもしれません。

「核」は、核兵器を連想しますので、敢えて「原子力」と、言い換えているように思います。この様な言葉の言い換えをジョージ・オーウェルは小説「1984年」で「新語法ニュースピーク(ニュースピーク)」と呼びました。

原子力関連用語にはよくあることです。ご用心。

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よく解らないから・・・

昔見たCMに「よくわからないけど、すごい」と、いうのがあって、現代社会の縮図を見たような気がしました。

最初に食べた実がおいしかったからと言って、その辺に生っている木の実を片っ端から食べるような事をすれば、体を壊すに決まってますので、よく知らないものに対して慎重になるのは野生の要請です。

原発や、核燃に反対している人に対して、「よくわからないのに反対するな」という意見が時折、見うけられるようです。勿論、本来なら、よく解った上で、反対、賛成を述べるのがよろしいかとは思うのですが、敢えて云えば、

「よく解らない場合に賛成など出来るはずが無い。」

と、思います。

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成長の限界

「成長こそ豊かさの源泉」という活字が昨日の日経新聞の一面に躍っています。

「反成長」に対する反論を書いているみたいなのですが、どうも話が噛み合っていないようです。有名な「成長の限界」(D.H.メドウズ他 ダイヤモンド社 1972)の最後の方から引用してみます。

大量のかけがえのない資源を要しない、あるいは環境の重大な悪化を生じないような人類の活動は、無限に成長を続けるであろう。

成長の限界は「物」的な限界であって、それ以外の成長には制限は想定されていません、し、する必要も無いでしょう。「物」の限界を超えないことは成長の条件であって、障害では無いでしょう。

例えば、航空機で上昇しようとして操縦桿を引くだけでは失速してしまいます。限界を考えない、無分別な成長主義より、抑制の効いたシステムの方が高い地点まで成長が可能である。というのは「成長の限界」の重要な主張である、と思います。

その後のシミュレーションによれば、現在は既に限界を超えているらしいのですが、敏感で老練な操縦士であれば感じるであろう失速の予兆は鈍感な私にはなかなか感じ取れません、が、しかし

気が付いたときには既に手遅れである。

という警鐘に耳を傾けるのであれば、成長の反対を停滞と捉えず、成熟と看做す必要がある。

ような気がします。

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核燃サイクルに拘る訳

不肖、一市民的に核燃料サイクルに拘る訳を考えてみますと

  1. ウランが希少鉱物である為
  2. 使用済み燃料中のウランを燃料扱いすることで、廃棄物扱いしなくてはならない物質の量が減る為
  3. 使用済み燃料を原子力発電所から搬出する為
  4. 過去の計画を変更することは面子が許さない為
  5. 核武装を睨んでプルトニウム利用技術の習得、習熟の為

等々

1.は問題なく公的に認められていると思います。一般のイメージでは原子力の元であるウランは非常に大きな(実際反応単発のエネルギーは大きいのは間違いありません)エネルギー源であると看做されています、が、「大量」にあるわけではありません。

ウランがどのくらい希少であるかを資源エネルギー省の資料(ここで参照したのは1999年版の原子力発電便覧。とても便利なのですが、最近は発行されていない。)で見ますと、エネルギーで石炭比で数十分の一。原子力発電は発電効率が悪いからもっと差が開く、と、言いたいところだけれど、埋蔵量の予測値は当てにならないので、桁だけで比較しましょうか。決して潤沢な資源ではありません。

もっとも潤沢過ぎても困ってしまします。石油も石炭も昔から枯渇が問題だと言われ続けているけれど、実際に問題が顕在化したのは汚染(大気汚染、および二酸化炭素)の方が先です。もしも潤沢なウランがあったら、鉱さいやらなにやらで困ってしまいます。

再処理によって高レベル廃棄物が減容する、というときは2をさします。ウランを廃棄物扱いするか否かによって再処理によって減容するか否かが決まります。MOX燃料用ウランを使用済み燃料からではなく、天然ウランから取得する場合、高レベル廃棄物が減容する、というわけにはいかないでしょう、と、思います。

3,4,5はマスコミでも囁かれているようですが、公的に認められてことは無いようです。

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戦艦大和

大艦巨砲主義という言葉は失敗に対して使用する言葉、という事になっています。

もはや戦艦の時代では無く、航空機の時代である、という事を示したのは日本海軍であったのに、最後の巨艦も日本海軍であったのは、この国の体質なのかも知れません。

太陽光発電の技術では日本は世界随一である、と思います。燃料電池も風力発電も、世界有数でしょう。にも関わらず、各国が放棄した核燃料サイクルに拘る様は旧軍の悪癖がのり移ったかの如しです。

そもそもウランは「希少資源」ですので、各国が開発を進めようとしていた4,50年前であれば、原子力発電の普及に伴い、ウランの枯渇が心配されたでしょう。現在とは状況が異なります。ウランが余っている時期にプルトニウムの取り出しを行うなどは、国際社会に間違ったメッセージを送ることになりかねません。

3/31には青森県六ヶ所村の再処理工場のアクティブ試験が開始されました。何隻目かの戦艦大和の出航です。

願わくば、大きな事故など起こさずに、お金の無駄遣いだけで済みますように。

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県境雑感

昨日、青森県六ヶ所村の再処理工場のアクティブ試験が開始されました。(と、いっても年度末に合わせた滑り込みの開始宣言のように見えます。)

補助金や交付金は県境を越えられないけれど、放射性物質には県境など関係しませんので、越えて来ますので、青森県六ヶ所村に対する反対は、今、岩手県で熱くなっているようです。

http://www.iwate-np.co.jp/news/y2006/m03/d29/NippoNews_9.html

岩手県では何の利益も無く、リスクばかりを背負わされるのであれば、毛ほどのリスクも許すわけにはいかないでしょう。放射性物質は県境を越えてくるのに、安全協定も無く、説明もいい加減というので、岩手県としては怒らないわけにはいかないでしょう。

1999年9月に茨城県で起きたJCO臨界事故の際には、茨城県北部で起きた事故の為、茨城県南部よりは福島県南部の方が現場に近いにも関わらず、風評被害は茨城県南部の方が酷かったと聞いています。風評被害はなぜか県境を越える事が難しいようです。

JCOの事故を考慮すると、岩手県で、実際に放射性物質の増加等が観測されるか否か、が、岩手県にとっての明暗の分かれ道だと思われます。

都市住民の感覚では、放射能に汚染されればそこを放棄すれば良い。というのが心の奥底にあるような気がします。けれども、その土地で末永く農業や漁業を続ける為には、六ケ所再処理工場は迷惑施設であることは間違いない

と、思います。

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暴走の停止権限

明白な違反が無ければ事業者を止める事は出来ない。

というのは役人の基本的スタンスで、一般の事業であれば特に問題は無いと思いますが、「国策」として推進されている事業の場合、規定が推進を止める形になっているはずも無く、正の反応度係数とも云え、当たり前のように暴走に至ります。

50年前に走り始めた日本の核政策は時代遅れになったにもかかわらず盛大な暴走を行っており、その象徴が「もんじゅ」であり、「六ケ所再処理工場」であると思います。

暴走をするような行政組織の形態そのものが批判されるべきであり、本来その為に保安院などは設置されたはずです。

けれども最初の1行は保安院の方の発言を私なりに要約したものであり、暴走を止めるような気配すらありません。

規則を守っているから良い、というのはその規則が正しい場合に限ります。国策として原子力を推進する官庁が作成した規則が原子力の普及を妨げるほどの規則を定めることは非常に困難です。

けれども米国のNRCなどはその困難なことを実行したように思います。安全確保のために規則を厳しくした結果、米国では20年以上原子炉の新設が行われないという事態になりました。

地震の規則などは米国の方がよほど厳しく、日本の様に、国策推進の為に規則を緩めにすることは、蛮勇であり、この国の不幸である

と、思います。

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イランと北朝鮮

六ヶ所村の核燃施設を考えると、イランと北朝鮮を思います。

イランや北朝鮮を相手に交渉をしている際に、相手から

「日本には六ケ所があるぢゃないか」

と、云われてなんと答えるのでしょうか。

「日本は唯一の被爆国だから」

と云えば、

「だから仕返しをしたいのか?」

と、返されたら言葉に詰まります。

逆に、六ヶ所の再処理工場の操業を延期して、北朝鮮やイランに

「日本は小資源国だけれど、それでも停止したぞ!」

と宣言したら、相手が困るでしょう。

是非とも、建設までした再処理を停止することで、イランや北朝鮮に核開発停止の圧力をかけることを望みます。

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罪と罰

罪が無いのに罰してはいけません。

当然です。では「罰が無いから罪が無い」といえるでしょうか。

法律に規定が無い場合、罰するのはいけませんが、罪が無いとは云えないかもしれません。完全犯罪は罰せられません。だからと云って罪が無いはずがありません。

放射性物質を環境に放出した場合、放出した量に応じて集団線量は高まります。薄めた場合、影響範囲が広範囲に広がるので、放出した量そのものが大事だと思います。

放射線は直接にあるいは間接的にDNAを破壊したりします。大部分は修復されますが、放射線の量に応じて傷害そのものは発生します。これは罪では無いのでしょうか。

修復されなかった場合、ガンになったり、遺伝的影響となったりします(広島長崎では遺伝的影響は観測されていませんが、爆発以外の現象では異なる結果になっても驚くべきではありません)。これも放出された放射性物質の量に応じて、それ相応に発生するでしょう。

けれども、放射性物質に由来が書かれているわけもなく、ガンの原因も放射線のみではありませんので、ガンの発生だけを理由に罰する訳にはいかないのかもしれません。

では、そこに罪はないのでしょうか。

青森県知事は六ヶ所村の再処理工場の稼動に同意したようです。「罪があったとしても放出する。」という決意を持った人のみが放射性物質を環境に放出する資質をもっている。

ような、気がします。

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国がやること

国がやることだから

というところで思考停止するのは一つのパターンです。

  1. 国がやることだから大丈夫
  2. 国のやることだから仕方が無い

正反対ではありますが、いずれも承認していることには替わりがありません。

国がやることは、その原動力が大きい為、暴走すると悲劇は途方も無く拡大します。広島に原爆を落とすのは「国家」でなければ出来ない芸当ですし、インパール侵攻のように無茶な作戦も国ならではの強行でしょう。

原子力発電所のPR館では「国策だから」と、目をキラキラさせて説明します。

国策だろうとなんだろうと、ダメなものはダメだと云わなければ、インパール作戦には参加させられてしまうし、原爆は落ち続けます。

六ヶ所村の再処理工場は無駄に危険(政治的にも経済的にも医学的にも)を増やします。九州電力玄海原発のプルサーマル計画を推す理由が「プルトニウムの在庫を増やさない」というのであれば、これは無法です。一方で在庫を積み増しながら、他方で在庫を消化しなければならないから、と危険を(少しでも)増やすのは、マッチポンプというものでしょう。

在庫を積み増す事になる六ヶ所村の再処理工場を先に停止しなければならない。

と、思います。

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PSE雑感

PSE法が話題になっています。

電気は意外と危険なもので、意外と火事の原因となっていますから、一定程度の安全基準が必要だ、という主張も分からなくはありません。

ただ、使用するしないは、使う人の自由が認められるべきだと思います。集合住宅ではガスの使用が禁止されたりする場合もありますから、コミュニティで同意が取れれば、基準を満たさない電気製品を使用禁止にするのもアリだと思います。荒野の一軒家であれば、古い電化製品を使用しようと勝手でしょう。だから販売を禁止するのまでは、やりすぎだと思います。

例えば、戦前の電蓄や幻灯機を使用する場合、漏電等の危険を考慮しないのは、拙いとも思います。けれども骨董品は骨董品として扱えばなんの問題も無いでしょう。

尤も、1989年あたりをビンテージの基準にされてしまうと、ウチの電化製品はビンテージだらけですけどね(笑)

1984年製のテレビ(意外と消費電力が小さい)。1985年製のオーブントースター(電熱線は昔から効率は変わらない)。同じく1985年製の冷蔵庫(小型の冷蔵庫は大型よりも進歩が遅いので、昔の冷蔵庫も意外といける。)。そろそろ電源ケーブルくらい変えたほうが良いのかも知れないけれど、現役でがんばってます。

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三つ子の魂

本棚の隅から「アイソトープセンター利用の手引き」なる小冊子が出てきて、学生時代を懐かしく思い出しました。アイソトープセンターとは放射性同位体の実験施設でして、放射性の同位体を扱うときは基本的に、この施設内で行います。

初めての放射線実験の指導の先生は非常に被曝にうるさくて、「目標0被曝」であるように感じました。コンクリの壁に線量計を向け「ほら放射線など普通にあるんだ」とおっしゃる他の諸先生方からは「あんな風にしていたら実験にならない」などと云われていたように記憶しています。

放射線を扱う実験をするには講習を受けなければならないのですが、そのときの講師の先生は楽観的な先生と、悲観的な先生の丁度中間位で、抛っておくと無謀なことをするであろう少年たちを半分脅す感じもありました。今でも覚えているのは腕時計の夜光塗料で工場の作業者が被曝をした話で、塗料を塗る筆を舐めて穂先を整えた為に体内被曝となった由。「鉛筆を舐める癖がある人は直してから来てください」というのが印象的でした。

今から思うに、自分が選んだ道で、自分が被曝する分には(無意味な被曝を避けるのは勿論ですが)少量の被曝はしても良いかと思いますので、楽観的な先生の立場を支持しますが、他人を被曝させる場合には、やはり「被曝0」が正しいか、と、悲観的な先生を支持します。このようにタイプの異なる先生に指導されることは稀でしょうから、両方の先生方にお会いできたことはやはり幸運であったかと思います。

さて、きちんとした施設で作業をする場合には線量計やフィルムバッチも付けていますし、間違って放射線を浴びすぎても、どの程度被曝したのかはほぼ間違いなく分かりますから、徒に畏れる必要もないわけです。ところが一般公衆ではフィルムバッチなど付けていませんから、いざ近隣の原子力施設で事故でもあれば自分がどのくらいの線量を浴びたのかすら分からないのですから、不安になるなという方が無理な話です。安心の為にはいろいろな建物を建てるより、ペン型の線量計でも配った方が良いのではないか、と思います。(日常的に付けたいと思う人は稀だと思いますが。)

放射線実験の施設を出る際には確か、手足やお尻(座ったりすると放射性物質が付く)に線量計を当て、放射線が検出されたら検出されなくなるまで手洗いを繰り返したように思います。「キレートの風呂に入れるぞ。脂なんか全部落ちるぞ。衣服は全部廃棄処分。」と脅されたことも、今となっては懐かしい思い出ですが、あらためて「手引き」を見ると、年間取扱量(まだキュリーで書かれています)は六ヶ所村の再処理工場の管理放出量と比べれば桁違いに小さく、あれほど外部に漏れないように気をつけていたものよりも大量の放射性物質をばら撒くと思うと、やはり、賛成するわけにはいかないなぁ、

と、あらためて思いました。

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テロリズム

米国のイラク侵攻から3年

反戦デモに参加しそこないました。

テロリズムとは「心理的恐怖心を引き起こすことにより、政治的主張や理想を達成する目的で行われる暴力行為のこと。またはその手段を指す。」(ウィキペディアより)

進駐している外国の軍隊に対する民兵による攻撃をテロと呼ぶことは難しいでしょう。一方的に開戦したのち理想(民主化)を掲げる行為は、テロリズムでしょうかね、やはり。

イラクに安寧を、米国は撤退を。

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牛肉と六ケ所村

ライス米国務長官が日本政府のBSEに関する牛肉の扱いの対応を「過剰」と強く批判

と、ニュースになっています。

六ケ所村の再処理工場では放射性物質を排出し放題にしておいて(規制値が無いので事業者の都合次第)米国産の牛肉を厳しい基準でとりしまるのは不可解といえば不可解です。

ICRP(国際放射線防護委員会)の勧告なども他のリスクとの兼ね合いで特別強くも無く弱くも無いところを狙うという方針がありますように、色々なリスクのバランスは大事であり、BSEだけが強く規制されるのはあまり宜しくありません。

六ケ所村の再処理工場はもっと強く規制し、船舶と航空機の排出ガスをもっと強く規制しないと、米国発の牛肉や乗用車の排出ガスを強く規制するのは難しいのかもしれません。

あるいは、米国産牛肉は、排出ガスと異なり、「食べない」という選択が可能なので、実態さえ報道されるのであればもっとゆるい規制でも良いかもしれません。

個人的には牛肉は食べないので今ひとつ危機感が出ないのですが。。。

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ホリエモン

日経新聞の一面(2/22)を見て驚いた。

「黒字にしろ」発言認める

ライブドアグループの堀江被告に関する報道ですけれど、世の社長と名の付く人で「黒字にしろ」と云わない人の方が珍しいんじゃないかなぁ。「不正行為は否定」とも書いていますが、活字が小さい。両者を同等に報道するのが「スジ」というものでしょう。

こんなのが見出しになると云うことは、ライブドア事件は騒動の割りに小さな事件で終わりそうな予感がします。

刑罰は刑罰によって発生する不利益が罪自体の不利益を超えては宜しくありません。例えば、傷害に対する刑罰が死刑では、大問題です。ホリエモンの罪がどのようなものであれ、マスコミや検察の罪の方が大きくならないようにする必要があると思います。

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ライブドアと耐震偽装雑感

ライブドアのホリエモンが逮捕されたらしい。

耐震偽装事件が一歩後ろに隠れてしまった感じがして気持ちが悪い。ホリエモンが悪いことをしたとして、耐震偽装とどちらが害が大きいだろう。

キャピタルゲインを狙って株式市場にお金を持ち込んでいる人は、場合によっては損することもあることを承知の上でやっているはずで、偽装マンションを買わされた住民の方に比べれば(額はともかく、命も掛かってないし)大きな被害ではないと(数字ではなく)勘定することも出来るだろう。

ライブドアの株価暴落で吹っ飛んだ数千億円がどこに消えたのかも気になるけれど、耐震偽装の被害がどこまで広がるかの方がもっと気になる。マスコミに投書でもしたろうかしら。

それにつけても、死傷者が出る前に耐震偽装が発覚したのは不幸中の幸いですね。

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東証トラブル

耐震偽装に、ライブドア、東証のトラブルと続けば、沖縄の海に戦闘機が墜落しても全国区ではニュースになりません(なってもあんまり目立たない)。大事件なのに。

それにしても、家宅捜索の段階で犯人扱いをする風習はどうにかならないでしょうか。家宅捜索は証拠固めの為に行う、ということは、裏を返せば公判を維持する証拠が未だ足りないという判断であり、(無いとは思うけれども)失敗すれば不起訴もあるでしょう。

建前としては勿論判決までは「容疑者」だけれど、「容疑者」も「犯人」も社会的な扱いが、多少しか違いません。

たとえ検察に全幅の信頼を寄せている人でも、証拠が揃ったと判断される「起訴」までは犯人扱いしないことを望みます。

ライブドアの株価が下がるのは当然としても、マスコミを初め、東証や証券会社の対応は市場全体の株価下落の火に油を注いだように感じられます。これで不起訴にでもなったら、いろんな人が逆に訴えられそうです。

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震災と

夜が明ける頃、兵庫県南部地震から11年になります。

今年の新成人は11年前は当然9歳なので、近隣の住人でなければ記憶に薄いでしょう。大人が語り継ぐ必要があると思います。天災は忘れた頃にやってくるものですから。

阪神大震災からの復興宣言がまだ出ません。明日はわが身です。耐震偽装マンションの救済も大事かも知れませんが、いまだ倒れていないマンションの住人の救済よりも既に倒れてしまった地域の救済の方が順序が先だと思います。

いずれにせよ、「誰もが遭遇する可能性のある酷い災難」にあった方に対する援助は、災難の分だけ、逆差別的に優遇措置を行っても良いと思います。耐震偽装では通常の平等的な予算執行と同様に語る自治体の言い分が報道されていますが、不自然だと思います。

・・・

テレビで、「災害に自衛隊を活用」と語っている人がいます。自然災害に対するには消防の強化が順当です。戦闘機や軍艦も「自衛」であるかも知れませんが、地震・台風の多い日本では、兵器を増強するよりも、消防に予算を掛け、防災強化を行う方が、効果的な「自衛」が出来ると思います。戦闘機1機買うお金があれば、消防ヘリが何機増強できるかは、私にはわかりませんが、消防ヘリの方が安いでしょう。

あるいは、自衛隊が災害時に出動すること自体が自衛隊の余力と、消防の脆弱性を表しているのかもしれません。

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装備

連日の大雪で、自衛隊の皆さんが雪かきをしている光景が報道されています。

お疲れ様です。心から思います。

それにつけても、戦闘機や軍艦に比べて、対自然の防衛力は随分心もとない、と、思います。スコップ一本で雪かきをする自衛隊の隊員の方には頭が下がりますが、予算の配分をする方には、「対人兵器」よりも、対自然防衛として、融雪、除雪設備に予算を回して欲しいと思います。

それと、除雪の際は関係ないかも知れませんが、水害や震災の際には、安全の為、もっと目立つ、消防のレスキューのような作業服を支給した方が良いかと思います。野戦服は目立たない為の服ですので、現場作業には向かないかと思います。

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